2025年12月5日更新.2,678記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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痛くない腱板断裂?無症候性腱板断裂

腱板断裂は「痛みがある」とは限らない

肩の痛みの原因としてよく知られている「腱板断裂(けんばんだんれつ)」ですが、実はその中に痛みを感じない腱板断裂があります。
それが「無症候性腱板断裂(asymptomatic rotator cuff tear)」です。

一般的に「断裂=痛い」というイメージを持ちますが、腱板断裂の中には本人が気づかないまま進行しているケースが少なくありません。
MRIなどの画像検査で偶然見つかることも多く、「いつ切れたのか覚えがない」という人も多いのです。

腱板とは何か

腱板(rotator cuff)とは、肩の関節(肩甲上腕関節)を包み込むように位置する4つの筋肉の腱の集合体です。

筋肉名と主な役割
・棘上筋(きょくじょうきん):腕を横に上げる
・棘下筋(きょくかきん):腕を外に回す
・小円筋(しょうえんきん):腕を外に回す補助
・肩甲下筋(けんこうかきん):腕を内側に回す

これらが「腱板」を形成し、上腕骨頭を関節窩にしっかり押さえつけて、腕をスムーズに動かす働きをしています。

腱板断裂とは

腱板断裂とは、これらの腱の一部、または全部が切れてしまった状態です。
原因は大きく2つに分けられます。

・外傷性断裂:転倒やスポーツで肩を強く打ったときなどに急に切れる。
・変性断裂:加齢や使いすぎによる摩耗で、徐々に弱くなり切れる。

外傷性断裂は痛みが強いのが特徴ですが、変性断裂では痛みが軽い、あるいは全くないことがあります。

無症候性腱板断裂とは?

「無症候性腱板断裂」とは、腱板が切れているにもかかわらず、痛みや運動制限などの自覚症状がない状態です。
多くは加齢性の変化によって自然に起こるもので、高齢者では非常に高い頻度で認められます。

どれくらいの人にあるの?
MRIによる調査では、
・60歳以上では約25~35%
・70歳以上では40~50%
の人に、肩の痛みがなくても腱板断裂が見つかると報告されています。

つまり、「高齢者の2人に1人は、どちらかの肩の腱板が部分的に切れている」ことになります。
痛みがなくても断裂している人が非常に多いのです。

なぜ痛みがないのか

腱板が切れても痛みを感じない理由はいくつか考えられています。

① 断裂がゆっくり進むため
急に切れた場合は炎症や出血で痛みが出ますが、加齢による摩耗性断裂は少しずつ進行するため、体が慣れて痛みを感じにくくなります。

② 神経終末の減少
腱板に分布する痛覚神経が加齢で減少していると、損傷があっても痛み信号が伝わりにくい可能性があります。

③ 炎症が少ない
慢性断裂では炎症反応が軽度なため、急性期のような強い痛みが出ません。

痛みがなくても「機能」は落ちている

痛みがなくても、肩の動かし方や力の入り方が変わっていることがあります。
腱板の一部が切れると、筋肉バランスが崩れ、次のような動作が難しくなります。

・腕をまっすぐ上げにくい
・髪を結う、背中に手を回す動作がつらい
・力を入れると腕が下がってしまう
・物を投げるときに違和感がある

このように「痛みがない=正常」とは限らないのが無症候性腱板断裂の厄介なところです。

放置してよいのか?

痛みがないからといって放置しても大丈夫かというと、必ずしも安全ではありません。

腱板は自然には再生しません。
時間の経過とともに、次のような変化が起こります。

進行経過と影響
・断裂拡大:切れた部分が広がり、他の腱にも負担がかかる
・筋萎縮:使わないことで筋肉がやせてしまう
・脂肪変性:筋肉が脂肪に置き換わり、機能が戻らなくなる
・二次的な変形性関節症 肩の骨どうしがぶつかり、関節がすり減る

結果として、修復手術をしても元の動きに戻らないことがあります。
つまり、「痛くない今」が実は治療を始めるラストチャンスという場合もあるのです。

無症候性腱板断裂の見つけ方

① 画像検査
最も確実なのはMRI検査です。
超音波(エコー)でも断裂の有無を確認できますが、MRIでは断裂の範囲や筋肉の萎縮・脂肪変性の程度まで評価できます。

② 身体所見
自覚症状が乏しくても、整形外科で以下のようなテストを行うと機能低下が明らかになることがあります。

・ドロップアームサイン:腕を上げて下ろす途中で腕が落ちてしまう
・ペインフルアーク:腕を横に上げる途中だけ痛みがある(軽度断裂)
・外旋筋力テスト:外にひねる力が弱い

治療の基本方針

痛みがない場合:経過観察+リハビリ
無症候性腱板断裂では、すぐに手術をする必要はないことが多いです。
むしろ、肩の可動域と筋力を保つリハビリが中心になります。

目的は「断裂を広げない」こと。
・肩甲骨周囲筋のストレッチ
・インナーマッスル(腱板以外)の強化
・無理のない日常動作訓練
・姿勢改善(猫背は断裂を悪化させる)
を継続することで、無症状のまま生活できるケースもあります。

痛みや機能低下が出たら:保存療法 or 手術
・鎮痛薬(NSAIDs)や注射で炎症を抑える
・症状が進行した場合や若年者では、関節鏡視下腱板修復術を検討します。

日常生活で気をつけること

・無理に腕を上げない
・高いところの物を繰り返し取らない
・重い荷物をぶら下げて運ばない
・寝る姿勢にも注意(痛みが出る場合は患側を下にしない)

また、肩を守る運動としては次のようなものが推奨されています。
・ペットボトルを使った軽い外旋運動
・壁押し運動(壁を軽く押して肩の安定性を強化)
・姿勢矯正ストレッチ(胸を開く)

予防と早期発見のポイント

無症候性腱板断裂を完全に防ぐことは難しいですが、進行を抑える工夫は可能です。

予防策
・肩を冷やさない:冷えは血流を悪化させ、腱の栄養が届きにくくなる
・姿勢を整える:猫背は腱板への負担を増やす
・適度な運動:インナーマッスルを鍛えることで肩関節を保護
・定期的な検査:肩の違和感や可動域低下があれば整形外科へ

特に60歳を過ぎたら、「痛くない=正常」と思い込まず、年1回の肩の健康チェックをおすすめします。

無症候性腱板断裂から「有症状」への移行

痛みがない状態から、次第に痛みや運動障害が出てくることがあります。
これは「有症化」と呼ばれ、以下の要因で起こりやすいです。

・断裂の拡大
・他の腱(特に棘上筋)の追加損傷
・過度な負担動作
・肩峰(骨の出っ張り)との摩擦

一度痛みが出始めると、炎症を伴うため急に症状が悪化することもあります。
「無症状だったのに、急に痛くなった」という場合は断裂拡大のサインかもしれません。

手術が必要になるタイミング

以下のような場合は手術が検討されます。

・断裂が広範囲(3cm以上)
・腕が上がらない、力が入らない
・断裂後6か月以上経過しても改善しない
・MRIで筋萎縮や脂肪変性が進行している

手術方法は関節鏡を用いた腱板修復術が一般的で、比較的低侵襲です。
ただし、断裂が慢性化して筋が萎縮している場合は、修復不能になることもあります。

まとめ:痛くなくても“肩の老化”のサイン

病名:無症候性腱板断裂
主な原因:加齢・使いすぎによる腱の変性
症状:痛みなし、またはごく軽い違和感
問題点:進行すると機能低下・有症化する
診断:MRI・エコー検査
対応:リハビリ中心、定期的フォローアップ
放置リスク:断裂拡大・筋萎縮・修復困難化

無症候性腱板断裂は、「痛くない=安心」とは限らない肩の病気です。
自覚症状がなくても、腱の断裂が進行すれば将来的に腕が上がらなくなったり、手術が必要になることもあります。

中高年になったら、

「肩が重い」「上がりにくい」
といったわずかなサインにも目を向け、早めに整形外科でチェックすることが大切です。

肩の健康は、“痛み”ではなく“動き”で気づく。
無症状の今こそ、予防のチャンスです。

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