2025年6月29日更新.2,502記事.

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つわり(妊娠悪阻)にタチオン?

妊娠中のつわりと妊娠悪阻

妊娠初期に経験するつわりは、多くの妊婦さんが直面する悩みの一つです。妊娠5〜6週頃から始まり、通常は12〜16週頃には自然に軽快していきます。約50〜80%の妊婦が程度の差はあれど経験するといわれており、妊娠初期の代表的なマイナートラブルといえるでしょう。

しかし、中には悪化して水分も食事も摂取できなくなり、体重減少や脱水、電解質異常をきたす重症例もあります。この状態を医学的には「妊娠悪阻(にんしんおそ)」と呼びます。妊娠悪阻になると、入院して点滴治療を受ける必要が出てくることもあります。

つわり・妊娠悪阻の原因は?

つわりの原因は完全には解明されていませんが、妊娠初期に胎盤から分泌される絨毛性ゴナドトロピン(hCG)の急激な上昇が関与していると考えられています。このhCGが消化管運動や自律神経の働きを変化させ、悪心・嘔吐を引き起こすのではないかと考えられています。

さらに、妊娠という大きなライフイベントに伴う精神的な不安や環境の変化も影響するとされています。においに敏感になる、食べ物の嗜好が変化するといった現象もつわりの一環として現れます。

妊娠悪阻に使われる治療薬

妊娠悪阻に対する基本治療は輸液(点滴)による水分・電解質補正です。ただし、比較的軽度で経口摂取が可能な場合には薬物療法も検討されます。

使われる薬剤は次の通りです:

・ 胃腸機能調整剤(消化管運動改善薬)
・ 抗ヒスタミン薬(メクリジン、ジフェンヒドラミンなど)
・ 鎮静薬
・ 緩下剤(便通改善)
・ 漢方薬

ただし注意すべきは、つわりや妊娠悪阻の好発時期が胎児の器官形成期(妊娠初期)と重なることです。すべての薬剤に対して、催奇形性(胎児の先天異常を起こす可能性)への慎重な配慮が必要です。基本的には薬剤投与は重篤な妊娠悪阻に限定され、通常のつわりではなるべく薬を使わない方針が一般的です。

タチオン(グルタチオン)は妊娠悪阻に使われる?

妊娠悪阻の治療薬のひとつとして、タチオン(グルタチオン製剤)が挙げられることもあります。タチオンは体内の解毒作用を担うグルタチオンを補充する薬剤で、薬物中毒やアセトン血性嘔吐症、金属中毒などに使用されます。

添付文書上「妊娠悪阻」という病名で適応のある薬はタチオンのみなのですが、実際の臨床ではあまり使用される機会は多くありません。妊婦に対して比較的安全とされているものの、十分なエビデンスがあるわけではないため、多くの施設では他の治療法が優先されます。

つわりと甲状腺機能亢進症の関係:プロパジールの使用例

妊娠初期の一部の妊婦では、一過性の甲状腺機能亢進(妊娠性甲状腺機能亢進症)が発症することがあります。これもhCGの過剰な刺激によると考えられており、重度のつわり(妊娠悪阻)と合併しやすいことが知られています。

このようなケースでは、甲状腺ホルモン合成阻害薬であるプロパジール(一般名:プロピルチオウラシル)が用いられることがあります。ただし、あくまで甲状腺機能の異常が確認された場合に限られ、通常のつわりに安易に使用する薬ではありません。

小半夏加茯苓湯など漢方薬の活用

つわり治療において漢方薬は比較的利用しやすい選択肢です。妊婦に比較的安全と考えられており、使用頻度も高くなっています。

・ 小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう):
半夏、生姜、茯苓などを含む処方で、水毒(水分代謝異常)や気逆(胃気の上逆)を整えるとされます。胃内停水に伴う悪心・嘔吐に適応され、頓服的にも用いられます。

・ 半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう):
精神的緊張やストレスによる悪心や咽喉部違和感を伴う場合に適します。

・ 六君子湯(りっくんしとう):
胃腸虚弱で食欲不振を伴うつわりに使用されます。

・ 二陳湯(にちんとう):
痰湿体質で胃もたれが強い妊婦に適応されます。

漢方薬は白湯に溶かして服用するのが基本ですが、悪心が強い場合は冷水で少量ずつ服用する方法も勧められます。

サプリメント・栄養補助

つわり期間中は食事量が減少することが多く、必要な栄養素が不足しがちになります。とくに以下の成分はサプリメントでの補充が推奨されます。

・ ビタミンB6(ピリドキシン):悪心の軽減効果が期待される
・ 葉酸:胎児の神経管閉鎖障害予防に重要
・ ビタミンB12:貧血予防に重要

ビタミンB6は、妊娠悪阻の治療にも単独で用いられることがあります。過剰摂取には注意が必要ですが、妊婦用サプリメントでの適量摂取は安全とされています。

食事・生活習慣での工夫

つわりを乗り切るコツは「食べられるときに、食べられるものを、少しずつ食べる」ことです。以下のポイントが役立ちます:

・ 空腹になると悪化しやすいので、2〜3時間ごとに少量ずつ食事をとる
・ 消化の良い炭水化物(ご飯、パン、果物、ポテトなど)や高タンパク低脂肪食(鶏むね肉、豆腐、卵など)を選ぶ
・ 調理中の匂いがつらい場合は換気を徹底する
・ スープや炭酸飲料を食間に摂取する
・ 酸味のある果物(みかん、グレープフルーツなど)はさっぱりして食べやすい

「すっぱいものが欲しくなる」という現象には明確な医学的根拠はありませんが、酸味が唾液分泌を促し、口腔内の不快感を軽減する作用があると考えられます。また、柑橘類はビタミンCや葉酸を豊富に含み、妊婦にとって有用な食品です。

妊婦の不安を取り除くことが重要

つわりによる食事不足は、多くの妊婦に「赤ちゃんに悪影響が出るのでは?」という不安を与えます。しかし、つわりの時期は胎児がまだ母体に大きく依存して栄養を吸収しているわけではありません。したがって、一時的に食事量が減っても大きな問題にはなりません。

医療者としては、「この時期は多少食べられなくても心配いりませんよ」と説明し、不安の軽減に努めることが大切です。

まとめ

つわりは妊娠初期の自然な現象であり、たいていは経過とともに改善します。薬剤の使用は慎重に検討され、重症例に限定されるべきです。漢方薬や栄養補助、生活習慣の工夫を組み合わせて、妊婦が少しでも快適に妊娠初期を乗り越えられるよう支援していくことが重要です。

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