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TS-1とS-1の違いは?
公開. 更新. 投稿者:癌/抗癌剤.この記事は約3分40秒で読めます.
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TS-1とS-1の違いは?―抗がん剤の名称の由来と背景

がん治療薬にはしばしば複数の呼び方があります。臨床現場で使われる商品名、研究論文で使われる開発コード、一般向けメディアに出る略称など、呼び方が統一されていないケースは珍しくありません。その代表例が「TS-1」と「S-1」です。
一見すると別の薬のように見えるこの2つの名前ですが、実は同じ薬を指しています。
TS-1とはどんな薬か
TS-1(ティーエスワン®)は大鵬薬品工業が開発した経口抗がん剤です。フルオロウラシル(5-FU)の持続的な抗腫瘍効果を目指して開発された合剤で、以下の3成分から構成されています。
・テガフール:5-FUのプロドラッグ。体内で代謝され5-FUになる。
・ギメラシル:5-FUの分解酵素(DPD)を阻害し、血中濃度を高めて持続させる。
・オテラシルカリウム:消化管での5-FU活性化を抑制し、副作用(口内炎や下痢)を軽減する。
このようにTS-1は「効果を高めつつ副作用を抑える」という工夫がされた画期的な経口抗がん剤として1999年に承認されました。適応症には胃がん、結腸・直腸がん、膵がん、頭頸部がん、非小細胞肺がんなど幅広いがん種が含まれています。
S-1と呼ばれていた理由
実は、TS-1は開発段階では「S-1」と呼ばれていました。この「S」は開発者である白坂哲彦氏(Shirasaka Tetsuhiko)の頭文字に由来します。
・S-1 = Shirasaka の S
・1 = 最初の開発薬であることを意味
つまり「S-1」は研究者の名を冠した開発コードだったのです。
なぜ「TS-1」になったのか?
開発当初はS-1で通っていましたが、商標登録の問題が生じました。
・すでに「S-1」という商標は佐藤製薬が取得済みであった
・大鵬薬品工業の頭文字「T」を付け加え「TS-1」として販売名を確定
こうして、製品名としては「TS-1(ティーエスワン)」が公式名称となりました。
現場での呼び方
・商品名・添付文書・薬局での表示 → 「TS-1」
・研究論文・学会報告 → 「S-1」と書かれることも多い
このため、臨床現場の医師や薬剤師の間でも「S-1」と呼ぶ人と「TS-1」と呼ぶ人が混在しており、特に若手や学生にとっては混乱のもとになっています。
患者さんから「TS-1とS-1は別の薬ですか?」と聞かれることもありますが、どちらも同じ薬ですので安心して説明できます。
名前から生まれる誤解
・別の薬と勘違い:患者さんがネット検索した際、「TS-1とS-1は違う薬では?」と思ってしまう。
・文献検索での不一致:添付文書を「S-1」で探すとヒットしないが、論文では「S-1」が使われる。
・海外文献との表記差:英語論文でも S-1 と記載されることが多く、国内商品名「TS-1」との間で混乱が生じやすい。
TS-1の臨床的意義
TS-1は日本発のがん化学療法の中でも成功例として知られています。
・経口で投与できるため患者の負担が軽い
・5-FU静注に匹敵する効果を持ちながら副作用を軽減
・日本・アジアを中心に広く使用されている
その一方で、骨髄抑制、消化器症状、手足症候群などの副作用には注意が必要です。
まとめ
・S-1とTS-1は同じ薬。開発コードはS-1、販売名はTS-1。
・「S」は開発者の白坂哲彦氏に由来、「TS」は大鵬薬品の頭文字を加えて商標上の問題をクリアした形。
・論文では今でも「S-1」と表記されることがあり、現場で混乱を招きやすい。
・患者説明や文献検索の際には「呼び方の違い」を理解しておくことが大切。