2025年6月30日更新.2,506記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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必須アミノ酸リシンとトラネキサム酸の関係は?

リシンとは何か?

リシン(Lysine)は、人間の体内で合成できない必須アミノ酸のひとつです。たんぱく質を構成する20種類のアミノ酸のうち、体内合成ができない9種類が必須アミノ酸に分類されます。
リシンは肉、魚、乳製品、大豆などの食品に多く含まれ、主に以下の役割を担います。

●たんぱく質の合成
筋肉や皮膚、酵素などのたんぱく質をつくる材料になります。

●カルニチンの合成
脂質代謝に必要なカルニチンはリシンから合成されます。

●成長促進・免疫機能の維持
子どもの成長や免疫系の正常化に重要です。

リシンの化学構造は、炭素数が6の直鎖にアミノ基とカルボキシル基がついたε-アミノ基(イプシロンアミノ基)をもっています。この構造が、トラネキサム酸やイプシロンアミノカプロン酸と深く関連しています。

イプシロンアミノカプロン酸とは?

リシンの構造を一部簡略化して得られた誘導体が、イプシロンアミノカプロン酸(ε-アミノカプロン酸)です。
化学式はC6H13NO2で、リシンのα-アミノ基を除き、ε-アミノ基だけを残した単純な構造を持っています。

イプシロンアミノカプロン酸の作用
この物質は、抗プラスミン作用を持ちます。
プラスミンはフィブリン(血栓の主成分)を分解する酵素で、血液の流動性を保つために重要です。しかし過剰に働くと出血のリスクが高まります。
イプシロンアミノカプロン酸はプラスミンの活性を抑えることで抗線溶作用(止血作用)を発揮します。
このため、点眼薬や内服薬、注射薬として以下の用途で使用されています。

・外科手術後の異常出血
・血小板減少症による出血傾向
・鼻出血
・点眼薬として充血・炎症の抑制

目薬に配合される際には、主に抗炎症・抗アレルギー作用を目的として使われています。

トラネキサム酸とは?

トラネキサム酸(Tranexamic acid)は、イプシロンアミノカプロン酸の誘導体であり、構造上は「2分子のイプシロンアミノカプロン酸をつなげて環状構造を導入したもの」に近いイメージで説明されることが多いです(実際には環構造を持ったトランス体です)。
構造上の大きな特徴は、リシン骨格のアミノ基とカルボキシル基を保持しつつ、芳香環様の剛直な構造を有する点で、これがイプシロンアミノカプロン酸よりも強いプラスミン阻害作用を発揮する理由です。

トラネキサム酸の作用機序
プラスミンのフィブリン分解活性は、フィブリンとプラスミンが結合することで発揮されます。このフィブリン-プラスミンの結合部位(リシン結合部位)に競合的に結合することで、トラネキサム酸はプラスミンの活性を抑制します。
要するに「リシンに似た部分」を利用してプラスミンの活性部位に蓋をするイメージです。

トラネキサム酸は、イプシロンアミノカプロン酸に比べて約10倍の抗プラスミン作用をもち、止血・抗炎症効果が高いとされています。

リシンとトラネキサム酸の共通点と違い

リシンは必須アミノ酸であり、生命維持に必要なたんぱく質の材料です。一方、トラネキサム酸は医薬品の合成アミノ酸誘導体であり、自然には存在しません。
ただし、いずれも構造の中に6炭素鎖(カプロン酸骨格)と末端のアミノ基を持っている点で共通します。
このため、リシン類似体としてプラスミンの活性を阻害する働きをもつのです。

リシン イプシロンアミノカプロン酸 トラネキサム酸
種類 必須アミノ酸 合成アミノ酸誘導体 合成アミノ酸誘導体
生理機能 たんぱく質合成、カルニチン合成 抗プラスミン作用(弱) 抗プラスミン作用(強)
用途 栄養素 止血薬、点眼薬 止血薬、抗炎症薬、美白薬
抗線溶効果 なし あり(弱い) あり(強い)

トラネキサム酸の臨床応用

トラネキサム酸は、以下の幅広い用途で使われています。

●止血目的
・外科手術・歯科手術後の出血防止
・月経過多
・血液疾患による出血傾向
・敗血症やDICに伴う線溶亢進

●抗炎症目的
・のどの痛み(咽頭炎、扁桃炎)
・口内炎
・アレルギー性疾患

●美白・肝斑治療
メラノサイトに作用し、メラニン産生を抑える作用を応用して美白外用剤・内服薬として使用されることもあります(特に日本で普及)。

トラネキサム酸を目薬に配合できないのか?

トラネキサム酸は理論的には目の炎症や充血に有効です。しかし、日本では点眼薬として承認されていません。
理由としては、イプシロンアミノカプロン酸で十分な効果が得られること、角膜・結膜への安全性評価が十分ではないことが考えられています。

一方、イプシロンアミノカプロン酸は古くから点眼薬に用いられ、安全性が確立されています。そのため、より強力なトラネキサム酸をわざわざ目薬に使う意義は限定的とされてきました。

まとめ:リシンとトラネキサム酸の「繋がり」

本稿で述べたように、トラネキサム酸とリシンは化学的に非常に近縁です。

・リシン:人の体に不可欠な栄養素。
・イプシロンアミノカプロン酸:リシンの誘導体で、抗プラスミン作用を持つ。
・トラネキサム酸:さらに改良を加え、強力な抗線溶作用を持つ合成化合物。

血液の線溶系(血栓を溶かすシステム)は、体にとって重要な生理機能ですが、異常が起きると止血障害や炎症の原因となります。
これを抑えるために、リシンに似せた医薬品が開発されました。リシンの「6炭素鎖と末端アミノ基」の骨格が、その薬理作用の根源です。

私たちが日常で使う止血薬や美白薬に、栄養素としてのアミノ酸が深く関わっているのは、とても興味深い事実です。

1 件のコメント

  • ぇぉ のコメント
         

    もともとはリシンっすね。脱アミノでε-アミノカプロン酸になります

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