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歯肉肥厚で入れ歯が合わなくなる?―薬剤性歯肉肥厚と義歯不適合の関係
公開. 更新. 投稿者: 1,673 ビュー. カテゴリ:高血圧.この記事は約6分9秒で読めます.
目次
入れ歯が合わないのは薬のせい?

「最近、入れ歯が合わなくなってきた気がする」
高齢の患者さんから、こうした訴えを聞くことは少なくありません。多くの場合、「入れ歯が古くなったから」「年齢のせいで歯ぐきが痩せたから」といった説明がなされがちですが、実は薬の副作用による歯肉肥厚が関与しているケースもあります。
特に高血圧治療で広く使われている**カルシウム拮抗薬(Ca拮抗薬)**は、歯肉肥厚(歯肉増殖、歯肉肥大、歯肉腫脹)を起こすことが知られている薬剤です。歯肉の形態が変化すれば、当然ながら入れ歯の適合性にも影響を及ぼします。
本記事では、「歯肉肥厚で入れ歯が合わなくなる?」というテーマのもと、Ca拮抗薬を中心とした薬剤性歯肉肥厚の基礎知識、発症メカニズム、入れ歯との関係、予防と対応について、薬剤師・医療者の視点で詳しく解説します。
Ca拮抗薬の副作用と歯肉肥厚
Ca拮抗薬の代表的な副作用としては、
・動悸
・頭痛
・ほてり感
・浮腫
・便秘
・歯肉増殖(歯肉肥厚)
などが知られています。
動悸や頭痛、ほてり感といった症状は、服用開始初期に出現しやすく、しばらく服用を続けるうちに軽減・消失することも多いため、「心配のいらない副作用」として説明されることが一般的です。
一方で、歯肉肥厚は自覚症状に乏しく、ゆっくり進行するため、患者自身も医療者も気づきにくい副作用です。その結果、発見されたときには「入れ歯が合わない」「歯磨きがしにくい」「口臭が気になる」といった二次的な問題として表面化することがあります。
歯肉肥厚と入れ歯の関係
歯肉肥厚で入れ歯が合わなくなる理由
Ca拮抗薬による歯肉肥厚が起こると、歯ぐきの
・厚み
・形態
・弾力
が変化します。入れ歯は、歯ぐきや顎堤の形状に合わせて精密に作られているため、歯肉のわずかな変化でも適合性に影響を受けます。
その結果、
・入れ歯がきつく感じる
・特定の部位が当たって痛い
・浮き上がる、外れやすい
・クラスプ(バネ)が合わなくなる
といったトラブルが生じます。
部分入れ歯と総入れ歯の違い
特に部分入れ歯では、残存歯周囲の歯肉肥厚が問題になりやすく、クラスプや支台装置が設計通りに機能しなくなることがあります。
一方、総入れ歯でも、歯槽堤周囲の歯肉が肥厚すれば、義歯床との適合性が変化し、違和感や痛みにつながります。
Ca拮抗薬服用患者における歯肉肥厚の頻度
Ca拮抗薬による歯肉肥厚の頻度については、これまでに多数の報告がありますが、発現率には大きなばらつきがあります。研究デザイン(観察期間、評価方法、対象年齢、口腔内衛生状態など)の違いにより結果が異なるため、単一の数値で示すことは困難とされています。
信頼できる総説や臨床報告を総合すると、Ca拮抗薬服用患者の中で歯肉肥厚が一定割合で認められることは確かであり、
- 自覚症状として問題になるケースは一部にとどまる一方
- 臨床的には軽度から中等度の歯肉形態変化が比較的高頻度に観察される
とされています。
また、臨床的に目立つ歯肉肥厚がなくても、組織学的には歯肉結合組織の変化が認められる例が多いことが報告されており、「見た目に異常がない=影響がない」とは言い切れない点も重要です。
このような背景から、Ca拮抗薬を服用している患者では、頻度の数字そのものよりも、歯肉肥厚が起こり得る副作用であることを前提に、口腔内の変化を継続的に観察する姿勢が求められます。
歯肉肥厚の発症メカニズム
線維芽細胞とコラーゲン代謝
歯肉肥厚のメカニズムとして、歯肉線維芽細胞への影響が強く示唆されています。
線維芽細胞は、
・コラーゲンの合成
・コラーゲンの分解
という2つの重要な役割を担っています。このうち、分解過程にはカルシウムイオン(Ca²⁺)が関与しているとされています。
Ca拮抗薬の影響
Ca拮抗薬は、細胞内へのカルシウムイオン流入を阻害します。その結果、
・コラーゲンや細胞外基質の分解が抑制される
・結合組織中のコラーゲン量が増加する
ことで、歯肉の増殖・肥厚が生じると考えられています。
さらに、
・歯肉細動脈の拡張
・細動脈よりも静脈側の拡張が小さいことによる組織うっ血
なども、歯肉腫脹に関与している可能性が指摘されています。
歯肉肥厚はいつから起こる?
アダラートCRなどのCa拮抗薬による歯肉肥厚は、服用開始から数か月後に現れることが多いとされています。
服用初期の副作用と異なり、時間をかけて進行するため、
・薬の副作用とは気づかれにくい
・加齢や入れ歯の問題と誤認されやすい
という特徴があります。
歯肉肥厚は予防できる副作用
Ca拮抗薬による歯肉肥厚は、予防可能な副作用とされています。
炎症とプラークの関与
歯肉肥厚は、歯周炎などの炎症を基盤として発症する可能性が高いと考えられています。
実際、
・薬剤投与前から歯周疾患が存在する患者で発現しやすい
・無歯顎や歯のない部位には歯肉増殖がみられない
といった報告があります。
これらのことから、プラーク(歯垢)の存在が歯肉肥厚の重要な修飾因子であることが示唆されています。
歯磨き・口腔ケアによる予防
歯肉肥厚の予防として最も重要なのが、
・適切なブラッシング
・プラークコントロール
・定期的な歯科受診
です。
ブラッシング指導やスケーリング(歯石除去)といった歯科的介入により、Ca拮抗薬を継続しながらでも歯肉増殖が軽減したとする報告もあります。
これは、歯肉肥厚が単なる薬剤の直接作用だけでなく、炎症環境との相互作用で増悪することを示しています。
歯肉肥厚が出現した場合の対応
歯肉肥厚が認められた場合の基本的な対応は以下の通りです。
・歯科医による厳重なプラークコントロール
・歯石除去
・必要に応じて歯肉切除
原則としては原因薬剤の中止・変更が検討されますが、患者の全身状態や治療上の必要性から、薬剤を継続したまま対応するケースも少なくありません。
歯肉肥厚を起こしやすい薬剤
歯肉増殖(歯肉肥厚、歯肉肥大、歯肉腫脹)が多く報告されている薬剤には、
・抗てんかん薬:フェニトイン
・免疫抑制剤:シクロスポリン(サンデイミュン、ネオーラル)
・カルシウム拮抗薬
があります。
フェニトイン
最も古くから知られているのがフェニトインによる歯肉増殖です。添付文書では発現頻度は不明とされていますが、臨床研究では約50%前後とする報告が多くみられます。
シクロスポリン
シクロスポリンでは、10~20%程度の発現率とされ、添付文書上は0.1~5%未満と記載されています。
Ca拮抗薬(ニフェジピン)
Ca拮抗薬では薬剤によって差がありますが、ニフェジピンでは
・6.3%
・21%
・25%
・43.6%
などの報告があり、歯肉肥厚の発現率が高い薬剤として知られています。
薬剤性歯肉肥厚の臨床像
これらの薬剤は、分子構造も薬理作用も異なりますが、歯肉増殖の臨床像は非常に似通っています。
・歯間乳頭部を中心に増殖
・歯を覆うように幅と厚さを増す
・通常はピンク色で硬く、非炎症性
ただし、中高年者では炎症が併発し、浮腫や発赤を伴うことも多くみられます。
歯肉増殖によって歯周ポケットが形成されると、
・出血しやすくなる
・口臭が強くなる
といった問題も生じます。
薬剤師としての視点:どう聞くか、どう伝えるか
高齢者に対して「入れ歯をしていますか?」と直接聞くことに抵抗を感じる場面は少なくありません。そのような場合には、
「歯科には定期的に通っていますか?」
「お口の調子はいかがですか?」
といった質問のほうが、自然に情報を引き出しやすいことがあります。
Ca拮抗薬を処方・服用している患者で、入れ歯の不調や歯肉の変化がみられる場合には、歯肉肥厚という視点を持つことが重要です。
まとめ
・歯肉肥厚により、入れ歯が合わなくなることは十分にあり得る
・Ca拮抗薬は歯肉肥厚を起こしやすい代表的薬剤
・発症は服用数か月後と遅く、気づかれにくい
・プラークコントロールにより予防・改善が可能
・入れ歯不適合の背景に「薬剤性歯肉肥厚」が隠れていることがある
「入れ歯が合わない」という訴えの裏に、薬の副作用が潜んでいることもあります。歯科と医科、そして薬剤師が連携して口腔内の変化に目を向けることが、患者のQOLを守るうえで重要だと言えるでしょう。




