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薬の影響による検査値の偽陽性・偽陰性
公開. 更新. 投稿者: 70 ビュー. カテゴリ:副作用/薬害.この記事は約5分25秒で読めます.
目次
偽陽性・偽陰性を見抜く ― 対応不要の検査値異常を読み解く

検査値は、診断・治療評価・予後予測に欠かせない重要な指標である。
しかし、検査値というデータは常に「患者の真の状態」を示しているわけではない。
薬剤、採血条件、食事、運動、脱水、ストレスなど、様々な要因が検査値を“誤って”変動させ、医療者を誤った判断に導くことがある。
特に薬剤が原因で起こる
・偽陽性(本当は異常がないのに異常に見える)
・偽陰性(本当は異常があるのに正常に見える)
は、知識がなければ見抜けず、余計な精査や投薬中止などの医療リスクにつながる。
「副作用ではなく、薬剤の干渉やメカニズムで結果が誤って変化するだけで、治療上の対応は不要」
という検査値変動を中心に、勉強していきます。
なぜ偽陽性・偽陰性が起こるのか ― 基本的な原理
偽陽性・偽陰性は、主に以下の4つの機序で起こる。
① 化学的干渉(発色法・測定法との反応)
例:
・ビタミンCが尿潜血を偽陰性にする
(還元反応により発色を阻害)
・セファロスポリンが血清クレアチニンを偽上昇させる
(Jaffe法での色反応に干渉)
これは疾患ではなく、
測定法に干渉して“結果の数字だけ変わる”現象。
② 再吸収・排泄過程での競合
例:
・SGLT2阻害薬が1,5-AGを偽低下させる
(尿糖増加で再吸収が妨害される)
体の状態が悪いわけではなく、
薬剤の作用による相対的な変化である。
③ 採血・採尿の条件による変化
例:
・溶血でKが偽上昇(偽性高カリウム血症)
・利尿薬で尿が薄くなり妊娠反応が偽陰性
これらも治療とは関係なく現れる。
④ 生理的な一時的変動
例:
・運動
・脱水
・緊張
・食後変動
実際には病的ではない。
尿検査で“対応不要”の偽陽性・偽陰性
尿検査は外来でも頻用されるが、偽陽性・偽陰性がもっとも多い。
尿糖:SGLT2阻害薬は必ず「偽陽性」になる
● SGLT2阻害薬の作用
尿細管でのブドウ糖再吸収を阻害する → 必ず尿糖(+)
● “血糖が高い”わけではない
血糖コントロールが良くても尿糖は陽性になるため、
尿糖試験紙の解釈には一切使えない。
■ 対応
→ 完全に無視してよい。
→ 糖尿病の評価はHbA1cで行う。
尿蛋白:一時的変化は無視してよい
利尿薬が急激に作用すると
尿濃縮の変動により一次的に蛋白(+)がつくことがある。
またビタミンCは発色を阻害し偽陰性になる。
■ 対応
→ 持続性(3か月以上)でなければ病的としない。
→ スポットでの軽度陽性は無視可。
尿潜血:ビタミンCの偽陰性に注意
尿潜血は酸化反応で判定するため、
ビタミンC(アスコルビン酸)が干渉して偽陰性になる。
■ 対応
→ 症状がなければ再検査のみ。
尿ケトン体:SGLT2阻害薬で必ず軽度陽性
SGLT2阻害薬は脂肪酸代謝を促進し、
軽度のケトン体上昇は薬理作用の一部。
■ 対応
→ 軽度陽性だけでは薬剤中止不要。
→ 嘔吐・腹痛・呼吸深大・倦怠感を伴う場合のみ正常血糖DKAを疑う。
血液検査で“対応不要”の偽陽性・偽陰性
血清クレアチニンの偽上昇(セファロスポリン・ST合剤)
● セファロスポリン
Jaffe法という測定法との化学的干渉で
腎機能が悪くなくてもCrが上昇して見えるだけ。
● ST合剤(トリメトプリム)
腎機能は変化しないが、
尿細管でのCr分泌を阻害 → Crが上がる
いずれも腎障害ではない。
■ 対応
→ eGFRが大きく低下していなければ様子見
→ Cystatin Cでの再評価も有効
カリウムの偽陽性(溶血)
採血時の溶血は、
偽性高K血症のほぼ全ての原因である。
・注射器での強い陰圧吸引
・細い針
・採血後の振盪
・採血管の保管状態
などが影響する。
■ 対応
→ 溶血の指摘がある場合は再採血
→ 溶血があるなら結果は完全に無視してよい
HbA1cの偽低値/偽高値
これは病態と混同されやすい。
● 偽低値
・ESA(エリスロポエチン)投与
・透析患者
・急性失血後
→ 赤血球寿命が短縮するため
● 偽高値
・鉄欠乏性貧血
→ 赤血球寿命の延長
■ 対応
→ GA(グリコアルブミン)やSMBGで補完
→ HbA1cだけで判断しない
1,5-AG:SGLT2阻害薬で必ず偽低値
SGLT2阻害薬による尿糖増加が
1,5-AG再吸収を阻害 → 偽低値
血糖悪化と誤判断しやすいが、
薬剤の作用であり無視してよい。
■ 対応
→ SGLT2阻害薬使用中は1,5-AGを評価に使わない
プロラクチンの偽高値(薬剤性)
メトクロプラミドや抗精神病薬は、
ドパミン遮断作用によってプロラクチンを上昇させるが、
これは病的高PRLと区別が必要。
■ 対応
→ 薬剤中止ですぐ正常化する
→ 乳汁分泌など症状なければ対応不要
TSHの偽低値・偽高値
偽低値
・ステロイド
・ドパミン・ドパミン作動薬
偽高値
・アミオダロン
・リチウム
いずれも甲状腺機能異常ではない。
■ 対応
→ fT4・fT3を合わせて評価
→ 単独TSHの異常だけでは判断しない
便潜血・その他の“対応不要”の偽陽性・偽陰性
便潜血検査(FOBT)
偽陽性:
・鉄剤
・NSAIDs(微小出血)
・赤肉の食事
偽陰性:
・ビタミンC(発色を阻害)
■ 対応
→ 連続2回陰性なら大腸がんの確率は低い
→ 単回陽性でも即精査ではなく再検査可
BNP / NT-proBNP
腎機能で上昇しやすいが、
薬剤が原因の“偽上昇”も多い。
偽陽性:
・体液貯留(薬剤性浮腫)
・腎機能低下(薬剤性Cr上昇の影響)
■ 対応
→ 心不全の症状(息切れ・下腿浮腫)がなければ過度な精査不要
“本当の異常値”との見分け方 ― 薬剤師が使える判断基準
偽陽性・偽陰性を評価する際には、以下の3ステップで判断すると正確性が高い。
① 症状があるか?(症候学による絞り込み)
・高K“疑い”でも不整脈症状なし → 偽性を疑う
・AST/ALT上昇でも食欲低下・倦怠なし → 薬剤干渉を疑う
② 前後の値とのつじつまが合うか?
・前回正常 → 今回突然異常 → 溶血・測定ミスの可能性
・HbA1cと血糖値の方向性が一致しない → 偽変動を疑う
③ 薬剤による作用・干渉のパターンに合っているか?
薬剤師にとって最重要の視点。
・セファロスポリン使用中のCr上昇 → “偽上昇”の典型
・ビタミンC服用中の尿潜血陰性 → 発色阻害の典型
まとめ ― 真の異常ではない検査値変化を見抜く力こそ薬剤師の価値
この記事では、
「治療上の対応が必要ない検査値変動」
つまり 偽陽性・偽陰性の見極め方に重点を置いた。
特に重要なのは次のポイントである:
【本当に異常ではない代表的な検査値変化】
● 尿糖:SGLT2阻害薬で必ず陽性
● 1,5-AG:SGLT2阻害薬で必ず低下
● 尿潜血:ビタミンCで偽陰性
● 尿蛋白:利尿薬で一時的に陽性
● クレアチニン:セファロスポリン・ST合剤で偽上昇
● HbA1c:鉄欠乏(偽高)・ESA(偽低)
● K:溶血で偽高値
● プロラクチン:メトクロプラミド・抗精神病薬で偽高値
● TSH:ステロイド(偽低)・アミオダロン(偽高)
● 便潜血:ビタミンCで偽陰性、鉄剤で偽陽性
● BNP:腎機能低下や体液量で相対的に上昇
これらは 病気ではなく“条件や薬剤の影響による数字のズレ”にすぎない。
したがって治療変更の必要はなく、慌てる必要もない。




