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肥大型心筋症と拡張型心筋症はどう違う?
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肥大型心筋症と拡張型心筋症─病態の違いと最新治療薬カムザイオスについて

心筋症は、心臓の筋肉に異常をきたす病気の総称であり、その代表的なものに「肥大型心筋症」と「拡張型心筋症」があります。この2つは、病態や症状、治療法が大きく異なるだけでなく、予後や合併症のリスクにも違いがあります。それぞれの特徴を比較しつつ、治療法や手術、そして注目の新薬「カムザイオス(一般名:マバカムテン)」について勉強します。
肥大型心筋症と拡張型心筋症の構造的な違い
心筋症という名称から、一般の方には「心臓の病気」という大まかな理解しかないことが多いかもしれません。しかし、肥大型心筋症と拡張型心筋症では、心臓の筋肉(心筋)に生じる変化がまったく逆であるという点が非常に重要です。
肥大型心筋症では、心筋が異常に厚くなるのが特徴です。特に左心室の壁、特に心室中隔が分厚くなることで、心臓の内腔(血液の入るスペース)が狭くなります。この状態では、拡張がうまくできなくなる(拡張障害)ため、血液が心室内に十分に流入しにくくなり、心拍出量が制限されてしまいます。
一方、拡張型心筋症では、心筋が薄くなり、心室が拡張してしまうのが特徴です。この拡張により、心臓のポンプ機能である収縮力が低下し、血液を全身に十分送り出せなくなります。つまり、収縮障害が中心となります。
このように、肥大型心筋症は「厚く硬い心筋がうまく広がらない」病気であり、拡張型心筋症は「薄く弱った心筋がうまく縮まらない」病気なのです。この対照的な病態の違いを理解することで、それぞれの治療方針や予後の違いもより明確になります。
肥大型心筋症(Hypertrophic Cardiomyopathy:HCM)とは
肥大型心筋症は、左心室の心筋が病的に肥厚する疾患です。特に心室中隔(左心室と右心室の間の壁)が厚くなりやすく、心室腔が狭くなることがあります。これにより心室からの血液の流出が妨げられると、「閉塞性肥大型心筋症(HOCM)」と呼ばれます。
◆主な特徴:
・左室壁の著明な肥厚(しばしば20mm以上)
・拡張障害(心室が十分に拡張せず、血液が入りづらくなる)
・左室流出路狭窄(HOCMの場合)
・家族性(常染色体優性遺伝)が多い
・労作時の息切れ、胸痛、失神、突然死のリスク(特に若年アスリート)
◆診断と治療:
診断には心エコーが中心で、心室壁の肥厚や流出路狭窄、左房拡大などが評価されます。治療には以下のような薬剤や介入が行われます。
・β遮断薬:心拍数を下げ、拡張時間を確保
・非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬(ベラパミルなど)
・抗不整脈薬(アミオダロンなど)
・植え込み型除細動器(ICD):突然死の予防
・心室中隔を部分的に切除する「中隔切除術」
・心室中隔へのアルコール注入療法(経皮的中隔焼灼術)
拡張型心筋症(Dilated Cardiomyopathy:DCM)とは
拡張型心筋症は、心室が拡張して心筋の収縮力が低下する疾患で、進行性の心不全を呈することが多いです。
◆主な特徴:
・左心室(または両心室)が拡張し、収縮力が低下(EF低下)
・収縮不全による心不全症状(息切れ、浮腫、倦怠感)
・心腔内血栓、脳塞栓のリスク
・家族性もあるが、特発性が多い
・ウイルス性心筋炎、アルコール、化学物質による原因も
◆治療法:
拡張型心筋症の治療は心不全治療に準じます。
・ACE阻害薬、ARB、ARNI(サクビトリル/バルサルタン)
・β遮断薬(カルベジロール、ビソプロロールなど)
・利尿薬
・抗アルドステロン薬
・心臓再同期療法(CRT)
・補助人工心臓、心臓移植
バチスタ手術とは?
かつて話題になった「バチスタ手術」は、心室の一部(通常は左心室側壁)を外科的に切除し、心室容積を減少させることで収縮機能の改善を図る手術です。これは拡張型心筋症に対する外科的治療法の一つとして行われました。
◆問題点と現状:
日本では1996年に保険適用され、一時は注目を集めましたが、
・再拡張や心機能低下
・不整脈の誘発
・手術成績の安定性に乏しい
などの問題から、現在ではほとんど行われていません。代わって、心臓再同期療法や人工心臓への移行が主流になっています。
新薬:カムザイオス(一般名:マバカムテン)とは?
◆概要:
カムザイオス(Camzyos、一般名:マバカムテン)は、2023年に日本でも承認された初のミオシン阻害薬で、閉塞性肥大型心筋症(HOCM)に対する画期的な経口治療薬です。
◆作用機序:
マバカムテンは心筋のサルコメア内のミオシンATPase活性を阻害し、過剰な収縮を抑制することで左室流出路狭窄を軽減します。従来の薬物療法が間接的な効果にとどまっていたのに対し、マバカムテンは心筋の収縮性そのものに作用するという点で革新的です。
◆主な効果:
・左室流出路の勾配(圧格差)を低下させる
・運動耐容能の改善
・心不全症状(NYHA分類)の改善
◆臨床試験:
EXPLORER-HCM試験などの大規模臨床試験で、
・有意な症状改善
・心室流出路勾配の減少
・心拍出量の改善
などのエビデンスが示されています。
◆使用上の注意:
・EFの低下(収縮抑制が強くなりすぎるリスク)に注意が必要
・定期的な心エコーによるモニタリングが必要
・他の心筋抑制薬との併用に注意
まとめ:心筋症の診療は進化している
肥大型心筋症と拡張型心筋症は、病態・原因・治療アプローチが大きく異なります。それぞれの特徴を正しく理解することで、より適切な診療方針が立てられます。
また、これまで治療に限界があった閉塞性肥大型心筋症において、マバカムテンの登場は大きなブレイクスルーです。今後は、遺伝子診断や個別化医療の進展とともに、心筋症の治療はさらに進化していくと期待されます。
患者一人ひとりの病態に合わせた選択肢が広がる今、私たち医療者も日々アップデートが求められています。