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調剤過誤と調剤ミスの違いは?― 用語の正しい意味
公開. 更新. 投稿者: 8,651 ビュー. カテゴリ:調剤/調剤過誤.この記事は約6分0秒で読めます.
目次
調剤過誤・調剤ミスとは何か?― 用語の正しい意味から法的責任、再発防止策まで

調剤業務における「ミス」は、患者の安全に直結する重大なリスクである。しかし、現場では「調剤事故」「調剤過誤」「調剤ミス」「インシデント」「アクシデント」などの用語が混在し、それぞれの定義が曖昧なまま使われていることが多い。
これらの言葉の正しい違いを整理した上で、調剤ミスがどのように分類されるのか、また、万が一調剤過誤が発生した場合に生じる法的責任、さらには再発防止のための考え方まで勉強していく。
調剤事故・調剤過誤・調剤ミスの定義の違い
まず最初に押さえておきたいのが、同じ“調剤の間違い”でも、用語により意味が全く異なるという点である。
■ 調剤事故(dispensing accident)
「調剤に関連して、患者に健康被害が発生したもの」
薬剤師の過失があったかどうかは問われない。
例えば:
・規格を間違えて服用し低血糖になった
・アレルギー薬を誤って交付されアナフィラキシーが起きた
・処方内容に誤りがあり、結果的に患者が入院した
など、原因が薬剤師側か医師側かにかかわらず、
“健康被害の結果” によって分類される。
■ 調剤過誤(dispensing error)
「調剤事故のうち、薬剤師の過失が原因で起こったもの」
つまり調剤事故の“原因に焦点を当てた分類”。
以前は「健康被害なし → 過誤、健康被害あり → 事故」という扱いだったが、現在は
・結果:健康被害がある → 調剤事故
・原因:薬剤師の過失がある → 調剤過誤
と定義されており、両者は別の視点の分類である。
■ 調剤ミス(mistake)
調剤の過程で起こったすべての“間違い”の総称。
「過誤」とは違い、
・調剤途中で発見された
・患者に渡る前に修正された
など“結果”を問わない。
いわゆる ヒューマンエラーとしてのミス全般 がこれに該当する。
インシデントとアクシデントの違い
調剤ミスがいつ発覚したかによっても分類が変わる。
■ インシデント(incident)
間違いが患者に渡る前に気づいたケース。
“ヒヤリ・ハット”とも呼ばれる。
例:
・錠数が違うことに監査で気づいた
・調剤室で落薬を発見した
・一包化内に混入があり、交付前に気づいた
→患者に被害は発生していない。
■ アクシデント(accident)
間違いが患者に渡った後に発覚したケース。
健康被害があるかどうかは問わない。
例:
・患者が薬局に「薬が違う」と持ってきた
・服用後に体調不良が出て判明した
この場合、たとえ健康被害がなくとも
患者への謝罪・状況説明・再発防止策の提示が必要となる。
インシデントを早い段階で拾い上げることが、アクシデント防止に直結する。
ヒューマンエラーは必ず起きる ―「個人責任」ではなく「仕組み」で防ぐ時代へ
調剤ミスの当事者を責めがちだが、医療安全の世界では早くから
「人は必ず間違える」という前提でシステムを作るべき
とされている。
■ 人数を増やせばミスはなくなる?
→ なくならない。
■ 忙しくなければミスは起きない?
→ それでも起きる。
■ ミスをゼロにできる薬剤師はいる?
→ いない。
人間の特性として、疲労、注意の分散、思い込み、慣れ、心理的負荷などにより、
ヒューマンエラーは必ず発生する。
したがって誤りを完全になくすのではなく、
・ミスを起こしにくい仕組み
・ミスに気づきやすい仕組み
・ミスが重大事故につながらない仕組み
を多層的に構築する必要がある。
ハインリッヒの法則と調剤事故防止
安全学では有名な ハインリッヒの法則 が医療にも適用される。
■ ハインリッヒの法則
・1つの重大事故
・その背景に29の軽微な事故
・さらにその背景に300のヒヤリハット
という構造があるという考え方。
調剤事故も同様で、
ヒヤリ・ハット(インシデント)の段階で情報を集め、改善策を検討することで、重大事故(アクシデント)を未然に防ぐことが可能になる。
■ 個人の責任追及ではなく「事例の共有」が重要
ヒヤリ・ハットの活用目的は、
・類似事例の再発防止
・背景分析によるシステム改善
・重大事故の未然防止
であり、“報告した人を責めること”ではない。
医療安全文化において最も重要なのは、
「報告しやすい環境」 をつくることである。
調剤過誤が起きた場合の法的責任
調剤過誤が発生し、患者に不利益が生じた場合、
薬局・薬剤師には 民事責任・刑事責任・行政責任 の3種類が生じる可能性がある。
民事責任(損害賠償)
民事責任は、
他人の権利利益を侵害した場合に金銭で賠償する責任。
調剤過誤の場合、以下の法律が関係する。
■ (1)薬局の債務不履行責任(民法415条)
薬局は処方箋を受け取った時点で、
「その処方内容に基づき正しく調剤する契約」を患者と結んでいる。
この契約に違反した場合、薬局に債務不履行責任が生じる。
■ (2)薬剤師個人の不法行為責任(民法709条)
間違って調剤した薬剤師自身が不法行為の責任を負う。
■ (3)薬局開設者・管理薬剤師の使用者責任(民法715条)
従業員の行為について使用者が負う責任。
つまり、
間違った薬を交付した薬剤師、薬局開設者、管理薬剤師のいずれにも賠償責任が及ぶ可能性がある。
■ 賠償額の例
・数万円の見舞金
・数十万〜数百万の損害賠償
・重篤な事故では1000万円以上の例もある
多くは示談で解決されるが、折り合いがつかなければ裁判となる。
刑事責任(業務上過失致死傷:刑法211条)
調剤過誤により患者が重篤な傷害を負ったり、死亡した場合、
薬剤師個人が刑事責任を問われる可能性がある。
例:
・劇薬・麻薬の誤調剤により致死的な結果となった
・アレルギー薬の誤交付により重篤なアナフィラキシーが発生した
・「過失」の有無が争点となり、故意がなくても処罰対象となる。
行政責任(薬剤師法:免許処分)
行政処分は厚生労働省によって行われ、対象は以下。
・戒告
・3年以上の業務停止
・薬剤師免許の取消
これらは医道審議会の審議を経て、厚生労働大臣が決定する。
また、薬局自体が薬機法違反をした場合、
・業務改善命令
・立入検査
・許可取消
などの処分が都道府県より行われる可能性がある。
調剤ミスを減らすために ― システムとしての対策
調剤過誤をゼロにすることはできない。
しかし「重大事故をゼロにすること」 は可能である。
そのための対策を以下に整理する。
■(1)多重チェック(ダブルチェック・監査の徹底)
・調剤者と監査者を分ける
・投薬時に患者確認を徹底
・ヒューマンエラーを仕組みで補う
■(2)ヒヤリ・ハット情報の共有
・個人批判ではなく仕組み改善が目的
・全スタッフで共有するミーティング
・原因分析(原因分類、なぜなぜ分析)
■(3)環境整備(5S:整理・整頓・清掃・清潔・躾)
・似た薬の配置を工夫
・規格違いの誤取防止策
・持参薬・一包化薬の混入防止
■(4)ICTを活用した防止策
・ピッキング支援システム
・音声読み上げ監査
・処方箋OCR
・バーコード照合
・電子薬歴のアラート機能
■(5)高リスク薬(ハイリスク薬)に対する特別管理
・麻薬
・ワルファリン
・メトトレキサート(週1)
・インスリン
・小児薬量
など誤調剤時のリスクが高い薬剤は重点管理が必要。
■(6)教育・研修の継続
・新人教育(5R: right drug, right dose…)
・ケーススタディ
・医療安全研修
・コミュニケーション教育
まとめ ―「ミスを責める文化」から「ミスを許容し仕組みで守る文化」へ
調剤ミスに関する用語の違いは以下の通り整理できる。
■ 用語まとめ
・調剤事故:健康被害が発生したもの
・調剤過誤:薬剤師の過失による事故
・調剤ミス:調剤過程の全ての間違い
・インシデント:渡る前に気づいた
・アクシデント:渡った後に判明した
調剤過誤が発生した場合、
民事・刑事・行政の責任が発生しうる 点も、薬剤師として理解しておく必要がある。
しかし最も大切なのは、
「人は必ずミスをする」ことを前提に、安全な仕組みづくりをすること。
ミスを個人の能力に帰責する文化では事故は減らない。
ヒヤリ・ハットを共有し、システム改善を続ける文化を作り、
重大事故を未然に防ぐことこそが薬剤師の役割である。




