2025年10月10日更新.2,647記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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高齢者の痒みに抗ヒスタミン薬は効かない?

高齢者のかゆみに抗ヒスタミン薬は効かない? ― 乾皮症とかゆみ発生メカニズム

高齢者が冬場に「肌がかゆい」と訴えるのは非常によくあることです。皮膚科外来や薬局の現場では、こうしたかゆみに対して「抗ヒスタミン薬を処方されているが、あまり効かない」と相談されるケースも多く見られます。

ヒスタミンは代表的な起痒物質であり、蕁麻疹などのアレルギー性疾患では抗ヒスタミン薬(H1受容体拮抗薬)が第一選択薬です。しかし、高齢者に多い乾皮症(老人性乾皮症)に伴うかゆみは、抗ヒスタミン薬だけでは十分に抑えられないことがしばしばあります。

高齢者に多いかゆみの正体 ― 乾皮症(老人性乾皮症)


乾皮症とは
乾皮症とは、皮膚の乾燥により角質層の水分量が低下し、皮膚表面にカサつきや亀裂が生じる状態です。加齢とともに皮脂腺の分泌量が低下するため、高齢者に特に多く見られます。

乾燥した皮膚は、わずかな外的刺激でもかゆみを引き起こしやすく、時に湿疹化して貨幣状湿疹や皮脂減少性湿疹に進展することもあります。

季節性の増悪
冬季は湿度の低下や暖房による乾燥のため、乾皮症のかゆみが増悪しやすくなります。この時期に患者さんからの訴えが急増するのは臨床現場の実感と一致します。

抗ヒスタミン薬が効かない理由

ヒスタミン以外の経路が関与
・蕁麻疹やアレルギー反応のかゆみはヒスタミンが主体ですが、乾皮症のかゆみにはヒスタミン非依存性の経路が大きく関わっています。
・乾皮症皮膚では、健常皮膚と比べて知覚神経線維が表皮内にまで侵入・稠密化しており、かゆみの閾値が低下しています。
・この神経過敏化により、物理的・化学的刺激が容易にかゆみとして伝わります。

神経性かゆみとC線維
・外的刺激は皮膚のC線維を活性化させ、脊髄 → 視床 → 大脳皮質へと伝わります。
・この経路ではヒスタミンが関与しないため、抗ヒスタミン薬を投与しても十分な効果が得られません。

臨床現場での誤解
高齢者では複数の抗ヒスタミン薬を試しているケースが少なくありませんが、これは病態にマッチしていない薬理作用を重ねているだけであり、根本的な解決にはなりません。

高齢者乾皮症とアトピー性皮膚炎の違い

乾燥肌は高齢者にも若年者(アトピー患者)にも見られますが、そのメカニズムは異なります。

老人性乾皮症
・皮脂分泌量の低下
・天然保湿因子の減少
・角質層の酵素活性低下 → 古い角質が蓄積 → ひび割れ
→ 結果としてバリア機能低下、外的刺激に敏感化

アトピー性乾皮症
・セラミド欠乏による角質細胞間脂質の減少
・遺伝的要因(フィラグリン遺伝子変異)
・微生物やアレルゲンが侵入しやすく炎症を持続
→ 未熟な角質層が形成され、炎症・かゆみの悪循環

外観の違い
・老人性乾皮症:亀裂や光沢を伴う乾燥肌
・アトピー性乾皮症:鳥肌様のザラつきや粉吹き

乾燥肌対策 ― 入浴とスキンケア

入浴時の注意
・石鹸での洗浄は皮脂や天然保湿因子を奪うため、使いすぎは乾燥を悪化させる可能性があります。
・ただし皮膚を清潔に保つ意義もあるため、低刺激性の洗浄剤を選び、こすらず泡で洗うことが推奨されます。
・ナイロンタオルは避け、綿や麻素材のやわらかいタオルを使用するのが望ましいです。

保湿の重要性
・入浴後5分以内に保湿剤を塗布するのが理想的。
・ワセリン、尿素、ヘパリン類似物質などがよく用いられます。
・高齢者には塗布回数を減らすために「塗りやすさ」も重要。

治療戦略 ― 薬物療法の実際

抗ヒスタミン薬の位置づけ
・乾皮症のかゆみには奏効しにくいが、「かゆみの一部にヒスタミンが関与している」場合もあり、補助的に使われることはある。
・眠気による鎮静効果で「かゆくて眠れない」症状を緩和する目的でも用いられる。

ステロイド外用薬
・老人性乾皮症:角質層が硬いため吸収が悪く、やや強めのステロイドが必要なことが多い。
・アトピー性乾皮症:バリア機能低下により吸収が亢進しているため、弱めでも効果が出やすい。

新しい治療薬の選択肢
・ナローバンドUVB療法:神経性かゆみに有効とされる。
・オピオイド受容体拮抗薬(ナルフラフィン):神経性の慢性かゆみに用いられることがある。
・保湿+抗炎症作用を併せ持つ外用薬(タクロリムス軟膏など)

「高齢者のかゆみに抗ヒスタミン薬は効かない」は正しいのか?

結論としては、

・「効かない」と断定するのは不正確
・「乾皮症に伴う高齢者のかゆみは、抗ヒスタミン薬単独では十分に効果が得られないことが多い」が正確な表現

つまり、「ヒスタミン性のかゆみ」には有効だが、「乾皮症由来のかゆみ」にはヒスタミン非依存経路が関与するため、効果が乏しい場合が多い、というのが医学的なコンセンサスです。

まとめ

・高齢者のかゆみの多くは乾皮症に由来し、抗ヒスタミン薬では効果が限定的。
・乾皮症のかゆみには神経線維の稠密化やバリア機能低下が関わり、ヒスタミン非依存性経路で伝達される。
・スキンケア(入浴・保湿)が治療の基本であり、薬物療法は補助的役割。
・抗ヒスタミン薬は一部有効だが過信は禁物。むしろ生活習慣改善と適切な保湿がカギ。

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