2025年7月4日更新.2,510記事.

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低用量ピル「ヤーズ」は危険なのか?ドロスピレノンの血栓リスク

低用量ピル「ヤーズ」は危険なのか?ドロスピレノンの血栓リスク

低用量経口避妊薬(OC)、あるいは月経困難症治療薬(LEP)として広く使われている「ヤーズ配合錠(ドロスピレノン+エチニルエストラジオール)」は、近年日本でも使用が急速に広まりました。一方で、その副作用として血栓症リスクが指摘され、国内外で注意喚起がなされてきました。ヤーズの血栓リスクについて、メカニズム、臨床データ、行政の対応、患者説明のポイントを勉強します。

ヤーズとはどんな薬か?

ヤーズ配合錠(成分:ドロスピレノン3mg、エチニルエストラジオール0.02mg)は、日本では月経困難症治療薬として保険適用があります。また、海外では避妊目的で広く使用されています。通常のOCよりもエストロゲン量をさらに減らした低用量製剤であり、副作用軽減を狙った設計です。

ドロスピレノンは黄体ホルモン(プロゲスチン)成分であり、以下の特徴があります:
・抗ミネラルコルチコイド作用(むくみ軽減)
・抗アンドロゲン作用(ニキビ・多毛改善効果)
・精神症状の改善(PMS改善効果)

こうした特徴から、ヤーズは生理痛や月経困難症だけでなく、PMSやニキビ治療の目的でも処方されることが少なくありません。

血栓症リスクが注目された背景

ヤーズが発売された2010年以降、日本国内でも血栓症による死亡事例が報告され、厚生労働省が2013年に注意喚起(ブルーレター)を出しました。

・2010年11月販売開始
・2013年までに血栓症による死亡3例報告
・延べ使用者約18万人
・添付文書に警告欄新設を指示

特に10代・20代の若年女性での重症例が発生したことから、比較的若年でも決して油断できない副作用であることが浮き彫りとなりました。

血栓症のメカニズム

ヤーズに限らず、エストロゲン含有ホルモン剤は血栓形成リスクを上昇させます。その主なメカニズムは次の通りです。

・肝臓で凝固因子(第VII因子、第X因子、第XII因子など)の産生促進
・フィブリノゲンの上昇
・プロテインS低下、活性化プロテインC抵抗性増強
・線溶系抑制

妊娠中のホルモン状態も似た影響を与えるため、妊娠自体もVTEリスクが上昇します。

海外でも警告が強まる

日本だけでなく、海外でもドロスピレノン含有OCの血栓リスクが問題視されています。

【アメリカ FDAの見解】
・2011年:FDAが80万人以上のデータ解析を発表
・ドロスピレノン含有薬は、従来の低用量ピルよりも非致死的VTEリスクが有意に高い可能性
・ニュバリング(膣リング)、オーソエブラ(皮膚パッチ)も同様に血栓リスク増大の指摘
・”追加検討は必要だが、十分な注意が必要” と公式発表

【欧州 EMAの見解】
・2011年:ドロスピレノン含有OCは静脈血栓塞栓症リスクが高い可能性があると警告
・ただし服用中止勧告までは至らず

【科学誌BMJの論文】
・2011年、2本の大規模コホート研究を発表
・ドロスピレノン含有OCは、レボノルゲストレル含有OCに比べてVTEリスクが約2〜3倍高いと報告
・こうした報道を受け、米国では遺族による訴訟も多発しています。

服用開始直後が特にリスクが高い

・VTE(静脈血栓塞栓症)発症リスクは服薬開始後4か月以内が最も高い
・中止後3か月程度でリスクは非服用者レベルに戻る
・長期服用者のリスクは比較的安定して低下する

日本人のリスク背景

日本人は欧米人よりもVTE発症率が低い(おおよそ1/10程度)とされてきましたが、生活習慣の欧米化や肥満の増加とともにVTE発症も増加傾向にあります。

さらに、プロテインS遺伝子多型など、日本人特有の血栓性素因が徐々に解明されつつあります。従って、体質によってはヤーズ服用による影響が顕在化する可能性も十分考えられます。

患者指導のポイント

ヤーズを服用する患者に対しては、血栓症のリスクを適切に説明することが大切です。ただし「危険性」を過度に強調しすぎると不安を煽るだけになってしまうため、次のようなバランスが求められます。

【説明すべき事項】
・絶対リスクは非常に低い(10万人中20〜30人程度)
・ただし初期4か月は注意が必要
・初期症状(ふくらはぎの腫れ・痛み、息切れ、胸痛、片側の下肢むくみなど)を早期に気づくことが重要
・違和感があれば早めに処方元へ相談
・おくすり手帳や患者携帯カードの活用

ヤーズ服用者向けの「患者携帯カード」

日本では、ヤーズ服用者向けに『患者/服用者携帯カード』の携行が推奨されています。このカードには血栓症が疑われる症状の例が記載されており、異常時に速やかに医療機関で提示できる仕組みです。

・他科の受診時にも役立つ(整形外科で見逃されやすいケースも)
・おくすり手帳と一緒に管理するのも有用

ニキビ治療のための使用は適切か?

ドロスピレノンの抗アンドロゲン作用はニキビ改善にも効果が期待できます。米国ではヤーズがニキビ治療目的で処方されることもありますが、日本では適応外となります。

ニキビ治療目的で自己判断のヤーズ使用は避けるべきです。重症の尋常性痤瘡でLEPを検討する場合は、皮膚科・婦人科と連携した慎重な適応判断が求められます。

自費の低用量ピルの方が安全か?

日本国内には様々な世代の低用量ピル(OC)が市販されています。ドロスピレノンを含まないピル(レボノルゲストレル含有ピルなど)であれば、ヤーズよりもVTEリスクはさらに低い可能性があります。

しかし、自費ピルが必ずしも安全というわけではなく、以下を整理して説明すべきです。

・どのエストロゲン含有ピルでも一定の血栓リスクはある
・家族歴、肥満、喫煙、高齢、既往歴などリスク評価が重要
・保険適用の有無で判断せず、医師の総合的判断が必要

まとめ

・ヤーズは月経困難症治療薬として非常に有用だが、血栓症リスクが否定できない
・ドロスピレノンの使用は従来の低用量ピルよりややVTEリスク高めとの報告あり
・特に服用開始4か月以内は慎重な観察が必要
・絶対リスクは低いため、過剰に恐れる必要はない
・日本でも肥満・運動不足に伴いVTE増加傾向があり油断は禁物

ヤーズを含む低用量ピルは、適切なリスク評価とモニタリングのもとで使えば、多くの女性に大きな恩恵をもたらす薬です。一方で、安易に「若いから大丈夫」と油断せず、血栓症の早期発見意識を高めておくことが重要です。

2 件のコメント

  • もるー のコメント
         

    産婦人科医です。
    いつも面白く拝見しております。

    細かい話ですが、ヤーズもLEPのひとつですので「ヤーズ vs 低用量ピル」という記述はあまりよろしくないと思います。
    「ドロスピレノン含有LEP vs 非ドロスピレノンのプロゲスチン含有LEP」のように記載しないと誤解を招くかと。
    非ドロスピレノンでも保険適応が通っているルナベルという選択肢がありますし。

    ヤーズもルナベルも、どちらも保険適応は月経困難症で、避妊目的の使用であれば適応外となります。ニキビ外来としてピルを処方されているクリニックもありますが、勿論自費です。

  • yakuzaic のコメント
         

    コメントありがとうございます。

    専門の先生からのご指摘ありがとうございました。
    低用量ピルって聞くとなんとなく自費で購入するトリキュラーとかアンジュとかいった類を思い浮かべていたもので。
    タイトルを訂正いたしました。

    今後ともよろしくお願いいたします。

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