2025年7月2日更新.2,507記事.

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認知症にプレタールは効くのか?

認知症にプレタール(シロスタゾール)は効くのか?

高齢化が進む中、アルツハイマー型認知症(AD)などの認知症は社会的関心の高い疾患となっています。そんな中、脳梗塞の治療薬として広く使われているシロスタゾール(商品名:プレタール)が、認知症治療に効果が期待されて適応外で使用されるケースが報告されています。

シロスタゾール(プレタール)とはどんな薬か

プレタール(一般名:シロスタゾール)は、抗血小板薬に分類される薬剤です。本来の適応症は次のようになっています。

・閉塞性動脈硬化症に伴う間欠性跛行の改善
・脳梗塞の再発抑制(アスピリンとの比較で有効性が示された)

シロスタゾールは、抗血小板作用に加え、血管拡張、血流増加、血管内皮機能改善、血管平滑筋細胞の増殖抑制など多面的な作用を持つのが特徴です。

この血流改善作用が、脳血流の維持や神経保護効果にもつながるのではないかと考えられ、認知症分野でも注目されるようになりました。

認知症に対する作用機序の仮説

認知症、とくにアルツハイマー型認知症(AD)の進行には、アミロイドβ蛋白の脳内沈着が関与しているとされています。アミロイドβは、神経細胞内のシグナル伝達に悪影響を及ぼし、記憶形成や認知機能に重要な役割を果たす転写因子CREB(cAMP応答配列結合蛋白)のリン酸化を阻害すると考えられています。

CREBは、脳細胞に豊富に発現し、空間認知や長期記憶など高次脳機能に欠かせない因子です。CREBが活性化される(リン酸化される)ことで、記憶形成に必要な神経回路の強化が行われます。アミロイドβによるCREB活性抑制は、ADの記憶障害の一因とされています。

ここでシロスタゾールの出番です。シロスタゾールはPDE3(ホスホジエステラーゼ3)阻害薬としてcAMP濃度を上昇させる作用があり、結果的にCREBのリン酸化を促進する可能性が示唆されています。このメカニズムにより、認知機能の改善が期待できるという仮説が立てられています。

国立循環器病研究センターの研究

朝日新聞でも報じられた通り、国立循環器病研究センターではシロスタゾールの認知症治療効果に関する治験が行われています。この治験の背景には、以下のような仮説もあります。

・シロスタゾールの血管保護作用により、脳内の老廃物(アミロイドβなど)の排出促進
・血管壁の柔軟性向上による血流改善

脳血管障害が認知症進行に関与する「血管性要因説」にも関連する考え方であり、血管内皮機能の改善が認知機能維持に役立つ可能性が検討されています。

実臨床での適応外使用の現状

現時点で、シロスタゾールは認知症の適応は取得しておらず、あくまで適応外使用です。しかし一部の専門医では、認知症の進行抑制目的で処方されるケースが出てきています。たとえば次のような状況です。

・AD進行抑制目的で投与
・アリセプト(ドネペジル)服用中の徐脈対策として併用
・脳血流改善目的で高齢者のうつ症状改善を期待
・嚥下障害に対する神経保護・ドパミン作用を期待

特にアリセプトの副作用である徐脈(心拍数低下)に対し、シロスタゾールの軽度の頻脈傾向がメリットになることもあると報告されています。

シロスタゾールの副作用と注意点

シロスタゾールは比較的安全性の高い薬剤とされていますが、認知症高齢者に使う上で注意すべきポイントもあります。

【主な副作用】
・頻脈、動悸
・頭痛
・下痢
・ふらつき
・出血傾向(抗血小板作用による)

特に高齢者やフレイル(虚弱)の患者では、立ちくらみや転倒リスクを考慮する必要があります。また、重度の心不全患者では禁忌です。

神経保護作用の可能性も?

シロスタゾールには神経保護作用を示唆する研究報告もあります。

・酸化ストレス軽減
・ミトコンドリア機能の改善
・ドパミン濃度上昇
・サブスタンスP減少(嚥下障害改善効果の可能性)

こうした作用も、認知機能や嚥下障害の改善に寄与する可能性が検討されていますが、いずれも確立したエビデンスとは言えません。現時点ではあくまで仮説段階です。

海外での研究状況は?

海外でもシロスタゾールの認知症に対する可能性は注目されています。特に東アジア圏ではシロスタゾールの使用経験が豊富であり、以下のような臨床研究が進められています。

・軽度認知障害(MCI)からAD進行を抑制するか検討
・脳血管性認知症への効果検討
・アミロイドβ排出促進作用の動物実験

ただし、国際的な大規模臨床試験はまだ不足しており、ガイドラインで推奨される段階には至っていません。

適応外使用のリスクと倫理的課題

適応外使用は、医師の裁量で行われることが法的には可能ですが、以下の注意が必要です。

・患者・家族への十分な説明と同意取得(インフォームド・コンセント)
・十分な監視と副作用モニタリング
・保険適応外のため自己負担となる場合も

また、現時点で標準治療(アリセプト等)を優先すべきであり、シロスタゾールを単独の第一選択薬とするのは推奨できません。

プレタール(シロスタゾール)は「認知症薬」になるのか?

現段階では「なる可能性はあるが、確立した治療ではない」というのが妥当な結論です。認知症は極めて複雑な病態であり、多要因が絡みます。シロスタゾールの血管機能改善作用が、ある種の認知症患者にプラスに働く可能性は十分ありますが、全体の治療体系の中では補助的・探索的な位置づけにとどまっています。

今後、国立循環器病研究センターなどによる臨床試験結果が出てくれば、エビデンスの質も上がり、適応拡大の可能性も見えてくるでしょう。

まとめ

・プレタール(シロスタゾール)は本来は脳梗塞・閉塞性動脈硬化症の治療薬である。
・PDE3阻害を通じたcAMP上昇→CREB活性化による認知機能改善の仮説がある。
・実臨床では適応外使用例が散見されるが、十分なエビデンスはまだ整っていない。
・徐脈対策、血流改善、うつ・意欲低下、嚥下障害改善といった補助的な狙いもある。
・大規模臨床試験の結果が今後の適応拡大を左右する。

認知症治療は依然として困難な課題ですが、新しい可能性の一つとしてシロスタゾールの今後の研究成果に期待が寄せられています。

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