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ウテメリンは1日何錠まで飲んでいい?切迫早産治療のエビデンス
公開. 更新. 投稿者: 8,315 ビュー. カテゴリ:妊娠/授乳.この記事は約6分32秒で読めます.
目次
ウテメリンは何錠まで?──切迫早産治療の今と海外との違い

妊娠中に「お腹が張る」「子宮の収縮がある」といわれて処方される薬のひとつに、ウテメリン錠(一般名:リトドリン塩酸塩)があります。
切迫早産の予防や治療のために多くの妊婦さんが服用していますが、その一方で「何錠まで飲んでいいの?」「副作用は大丈夫?」「海外では使われていないと聞いたけど…」という不安の声も少なくありません。
ウテメリンの正しい用法・作用機序・副作用、そして海外での評価や代替薬の現状まで、勉強していきます。
ウテメリンの基本情報と用法用量
ウテメリンは、交感神経β₂受容体刺激薬に分類される薬です。もともとは気管支拡張薬(喘息治療薬)として開発された成分ですが、子宮平滑筋にもβ₂受容体が多く存在することから、子宮収縮を抑える作用を利用して切迫早産治療に転用されました。
■ 添付文書上の用法・用量
通常、成人には1回1錠(リトドリン塩酸塩として5mg)を1日3回食後経口投与する。
なお、症状により適宜増減する。
ここでの「適宜増減」とは、症状や副作用の程度を見ながら医師が判断して増減するという意味です。明確な上限が定められていないように見えますが、重要な基本的注意として以下の記載があります。
1日用量30mgを越えて投与する場合,副作用発現の可能性が増大するので注意すること。
したがって、1日6錠(30mg)までが一般的に安全性を考慮した上限とされています。
ただし、妊婦の体格、子宮収縮の強さ、併用薬の有無などによって反応が異なるため、自己判断で増量するのは非常に危険です。
ウテメリンの作用機序と副作用
■ 子宮の収縮を抑えるメカニズム
ウテメリンは交感神経β₂受容体を刺激し、子宮平滑筋を弛緩させます。これにより子宮収縮を抑え、流産・早産を予防します。
同時に、気管支や血管平滑筋にも作用するため、気道拡張や血管拡張も起こります。
■ 動悸・頻脈の副作用
ウテメリン服用後によくみられるのが動悸や頻脈です。これは以下の2つの理由によって起こります。
β₁受容体刺激による直接作用
ウテメリンは主にβ₂選択的ではありますが、弱いながらβ₁受容体も刺激します。そのため心拍数が上昇します。
血圧低下に対する反射性頻拍
血管が拡張すると血圧が低下し、反射的に心拍数が上がることでも動悸を感じます。
通常、この動悸は服用後20〜30分ほどで落ち着き、服用を続けるうちに体が慣れてくることが多いです。
しかし、息切れ・胸の圧迫感・めまいなどを伴う場合は重篤な副作用(心不全、肺水腫など)の前兆であることもあるため、医師への連絡が必要です。
■ 点滴での注意点
ウテメリン点滴時は心拍数の上限を定めて管理します。
心拍数を120回/分以下、あるいは投与前より+30回/分以内に抑える。
これを超えると心負担が大きく、肺水腫などの重大副作用が生じるおそれがあります。
切迫早産治療薬の位置づけ
日本では、切迫早産に対する第一選択薬としてリトドリン塩酸塩(ウテメリン)が長く使用されてきました。
しかし、単独では効果が不十分な場合、硫酸マグネシウム(マグセント)を併用することもあります。
・リトドリン:β₂刺激による子宮弛緩。
・硫酸マグネシウム:Ca²⁺流入抑制による筋弛緩。
ただし、どちらも副作用が多く、特に硫酸マグネシウムは高用量・長期投与で胎児への影響(低カルシウム血症や骨減少症)が報告されています。
FDAは「7日以上の投与は避けるように」と警告を出しています。
海外ではウテメリンが使われていない理由
「ウテメリンは海外では使われていない」と言われる背景には、安全性への懸念と有効性のエビデンス不足があります。
■ 海外の規制状況
アメリカ(FDA):リトドリンは承認されていません。テルブタリン(同系統のβ₂刺激薬)も、早産治療目的での長期使用は禁忌。
ヨーロッパ(EMA):β₂刺激薬のリスク評価により、静注製剤の使用は「最長48時間まで」に制限。販売中止国も存在します。
つまり、海外では“使われていない”というより、“安全性の懸念から推奨されていない”というのが正確です。
■ 安全性への懸念
・母体:頻脈、低血圧、肺水腫、不整脈、心不全
・胎児:胎盤通過による頻脈や代謝異常
・効果:分娩を48時間延ばせる程度(胎児肺成熟や母体搬送の時間稼ぎに有用)
つまり、早産そのものを根本的に防ぐ薬ではなく、「出産を数日間遅らせるための一時的手段」と位置づけられています。
海外で主に使用されている薬剤
海外では、ウテメリン(リトドリン)に代わって、より安全性が高いとされる薬剤が使われています。
ニフェジピン(カルシウム拮抗薬)
・日本名:アダラート
・子宮平滑筋へのCa²⁺流入を抑え、収縮を抑制。
・海外では第一選択薬として使用されることも多く、副作用が少ない点が評価されています。
日本でも2011年に禁忌が一部解除され、妊娠20週以降では「有益性が危険性を上回る場合」に使用可能となりました。
日本産科婦人科学会ガイドライン(2017)でも「リトドリンより母体副作用が少ない」として、エビデンスレベルの高い治療法とされています。
ただし、日本では切迫早産の適応は取得していないため、適応外使用として医師の判断と患者同意が必要です。
アトシバン(オキシトシン受容体拮抗薬)
・欧州で承認されている薬で、オキシトシンによる子宮収縮を直接阻害します。
・β₂刺激薬に比べ副作用が少なく、心血管系への影響も軽い。
・米国では未承認。
インドメタシン(NSAID系)
プロスタグランジン合成を抑制して子宮収縮を抑えるが、胎児動脈管早期閉鎖などのリスクがあり、短期間(48時間以内)に限定して使用されます。
日本における「ウテメリン文化」
日本では1980年代からウテメリンが切迫早産治療の中心的存在となり、点滴・内服ともに広く使用されてきました。
しかしその背景には、「とにかく早産を防ぎたい」という医療者と妊婦双方の強い希望がありました。
妊娠中にお腹の張りを感じると、「このまま赤ちゃんが生まれてしまうのでは」と不安になります。
その不安を抑えるために、「張り止めの薬を出しておきましょう」と処方されるケースが多かったのです。
しかし、海外のエビデンスが示すように、「張りを止める=出産を防げる」わけではありません。
むしろ、母体リスクを高めてまで長期的に使用する意義は乏しいとされています。
妊婦さんへのメッセージ ― 藁をもすがる気持ちに寄り添って
ウテメリンを服用している妊婦さんの多くは、「赤ちゃんを守りたい」という一心で薬を飲んでいます。
その気持ちは痛いほど理解できます。
ただ、薬には必ず「リスクとベネフィット」があります。
・張りの原因が「生理的」なものなのか、「病的」なものなのか。
・服薬が本当に必要なタイミングなのか。
・他にできる対策(安静、生活指導、感染症の治療など)はないか。
これらを医師と一緒に確認しながら、「漫然と飲み続けない」ことが大切です。
薬を飲むことが不安な場合は、「ウテメリンを減らせるか」「ニフェジピンなど他の選択肢はあるか」など、率直に主治医や薬剤師に相談しましょう。
最後に
ウテメリンは、長年日本の産科医療を支えてきた薬です。
しかし世界的に見ると、すでにその立ち位置は過去のものになりつつあります。
妊婦さんにとって「張りが怖い」という気持ちは当然ですが、薬で守れる命と、薬で失うかもしれないリスクを冷静に見つめることが、これからの妊娠管理には求められます。
薬剤師としては、ウテメリンを「怖い薬」とも「万能薬」とも断じず、科学的根拠に基づいて寄り添う姿勢が大切です。




