2025年11月14日更新.2,667記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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ヒステリー球があって飲み込めない?

ヒステリー球があって飲み込めない?のどのつかえ感の正体

「喉がつまって飲み込みにくい」「何かが引っかかっているような感じがする」――
そんな訴えを患者さんから受けたことはないでしょうか。

耳鼻咽喉科や内科外来、さらには薬局の服薬指導の場でも、意外とよく聞かれるこの症状。
中には患者さんが自ら「ヒステリー球(ヒステリーボール)があるんです」と言うこともあります。

一見すると奇妙な病名に聞こえますが、実際にはこれは「咽喉頭異常感症」と呼ばれる医学的な疾患概念であり、
心理的要因や自律神経の乱れが深く関わっていることが多いのです。

「ヒステリー球」とは何か?

● 古くて新しい「ヒステリー球」という言葉
「ヒステリー球(hysterical globus)」という呼称は、古くから使われてきたものです。
英語では “Globus hystericus” とも呼ばれ、喉に球状の異物が詰まっているような感覚が特徴です。

現代の耳鼻咽喉科領域では「咽喉頭異常感症(いんこうとういじょうかんしょう)」という病名で扱われます。
つまり、喉に明確な異常がないにもかかわらず、異物感や閉塞感を感じる病態のことです。

● 患者が訴える典型的な症状
・喉が詰まる感じ
・何かがひっかかっている感じ
・喉に塊があるような感じ
・飲み込みにくい
・喉がイガイガする
・胸の上のほうが詰まる感じ
・何かが貼りついているような感覚

これらはいずれも「異物感」や「圧迫感」を中心とした自覚症状ですが、
実際に喉頭や咽頭を内視鏡で観察しても、炎症や腫瘍などの異常が見つからないケースがほとんどです。

検査で異常がないのに症状がある理由

「検査では異常がありません」と言われても、本人の苦しみは消えません。
咽喉頭異常感症の背景には、心理的要因・自律神経の乱れ・筋緊張の偏りなど、
検査では見えにくい要素が関係しています。

● 心身症としての側面
咽喉頭異常感症の約2割は、精神的要因が大きいとされています。
ストレスや不安、抑うつ状態、自律神経のバランスの乱れなどが、喉の感覚を過敏にするのです。

この心理的要因による喉の違和感が、古くから「ヒステリー球」と呼ばれてきました。
名前に“ヒステリー”がついているのは、精神的な要素を強調するためですが、
現在ではより中立的に「心身症の一種」として扱われます。

咽喉頭異常感症の原因分類

医学的には、原因は大きく3つに分類されます。

局所的要因:咽喉頭炎、逆流性食道炎、甲状腺疾患など 約80%
全身的要因:糖尿病、ホルモン変化、自律神経失調など 約10%
精神的要因:ストレス、抑うつ、不安神経症など 約10%

このうち、明らかな疾患がない場合が「真性の咽喉頭異常感症」であり、
これがいわゆる「ヒステリー球」と呼ばれる状態に該当します。

まず除外すべき器質的疾患

のどの違和感を訴える患者の中には、少数ながら悪性腫瘍が潜んでいることもあります。
統計的には、咽喉頭異常感を訴える人の3〜4%で悪性腫瘍が発見されるとされており、
「異常がない」と判断する前に、慎重な検査が必要です。

● 鑑別すべき疾患の例
・咽頭炎・喉頭炎(慢性炎症)
・逆流性食道炎(GERD)
・甲状腺腫瘍やバセドウ病
・食道癌・下咽頭癌
・頸椎症・神経圧迫
・脳血管障害

これらが除外されたうえで、器質的異常がないのに症状が続く場合に「咽喉頭異常感症」と診断されます。

なぜ喉に「球」があるように感じるのか

● 筋肉の緊張と自律神経の乱れ
人の喉には、嚥下(飲み込み)や呼吸を司る多くの筋肉が存在します。
ストレスや緊張状態が続くと、これらの筋肉がこわばり、
咽喉頭部のわずかな圧迫感が「何か詰まっている」ように感じられるのです。

また、ストレスにより交感神経が優位になると、唾液分泌が減り、喉の粘膜が乾燥します。
乾燥によって感覚が過敏になり、異常感が強まるという悪循環が生じます。

治療:薬物療法と心理的アプローチ

咽喉頭異常感症(ヒステリー球)の治療は、「身体的異常がない」ことを確認したうえで、
精神的安定と自律神経の調整を目的とした治療が行われます。

● 抗不安薬・抗うつ薬
ストレスや不安が強い場合、
・エチゾラム(デパス)
・パロキセチン(パキシル)
・ロラゼパム(ワイパックス)

などが用いられることがあります。
不安や緊張を和らげることで、喉の筋緊張が緩み、症状が軽減します。

● ドグマチール(スルピリド)
咽喉頭異常感症の治療でよく処方される薬の一つが、ドグマチール®(スルピリド)です。
これは少量では抗不安作用・抗うつ作用を示し、心身症に有効とされています。

用量は通常、1回50〜100mgを1日3回に分けて服用。
胃薬として知られていますが、実際には「心因性身体症状」に幅広く使われています。

● 漢方薬による治療
日本では、ヒステリー球=漢方薬の出番、という印象が強いかもしれません。
実際、以下のような漢方薬がしばしば処方されます。

半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう):のどのつかえ、気分のふさいだ感じ、神経性胃炎などに。最も代表的。
柴朴湯(さいぼくとう):不安・イライラが強く、喘息傾向のある人に。
茯苓飲合半夏厚朴湯(ぶくりょういんごうはんげこうぼくとう):吐き気や胃の膨満感を伴う場合に。

半夏(はんげ)は嘔気や痰を抑え、厚朴(こうぼく)は精神的緊張を緩める作用があります。
この2つの生薬を含む処方が、ヒステリー球に有効とされます。

患者への対応と服薬指導のポイント

薬剤師や医療従事者として、この症状を訴える患者にどのように対応すべきでしょうか。

「気のせい」とは言わない
器質的異常がないとはいえ、患者本人の不快感は現実のものです。
「気のせい」「神経の問題」と一言で片付けると、信頼関係を損ねる恐れがあります。
「ストレスで喉の筋肉がこわばっている可能性があります」など、
身体的感覚として説明することが大切です。

検査を勧める
まずは耳鼻科での内視鏡検査や甲状腺のチェックを受けてもらい、
器質的疾患を除外することが第一歩です。

生活指導・セルフケア
・睡眠をしっかりとる
・カフェインやアルコールを控える
・深呼吸やストレッチで首・肩の筋肉をほぐす
・唾液分泌を促す(飴や水分補給)

これらの生活改善だけでも症状が和らぐことがあります。

継続的な心理的サポート
咽喉頭異常感症は再発を繰り返すことがあります。
カウンセリングやストレスコントロールを含めた長期的フォローが重要です。

おわりに

「ヒステリー球」とは決して“気のせい”ではなく、
心と体が発する「ストレスのサイン」です。

喉の違和感を訴える患者を前にしたとき、
私たち医療者ができるのは、器質的疾患を除外したうえで、心身両面に寄り添うことです。

安定剤や漢方だけでなく、安心感や共感もまた、
ヒステリー球の治療に欠かせない“薬”なのかもしれません。

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