2025年7月31日更新.2,553記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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胃薬を飲むと食中毒になりやすくなる?

胃薬を飲むと食中毒になりやすい?

現代では、胃もたれや胃痛を訴える人が増えており、プロトンポンプ阻害薬(PPI)やH2ブロッカーなどの胃酸分泌抑制薬が広く使われています。これらの薬剤は非常に効果的で、胃潰瘍や逆流性食道炎の治療には欠かせません。しかし一方で、「胃薬を飲むと食中毒になりやすい」と聞いたことがある方もいるのではないでしょうか?

胃酸の殺菌作用とは?

胃酸は主に胃の壁細胞から分泌される「塩酸」で、空腹時のpHは1〜1.5という非常に強い酸性環境を作り出します。これは食酢(pH2.5〜3.0)よりもさらに酸性度が強く、多くの微生物にとっては生存不可能な環境です。

この強酸によって、食事と一緒に口から摂取された細菌やウイルスの多くは胃で死滅します。たとえば、以下のような食中毒菌は中性付近(pH7〜8)を好み、酸性環境下では増殖が抑制されます:

・サルモネラ菌
・コレラ菌
・腸炎ビブリオ

このように、胃酸は消化を助けるだけでなく、「生体防御機構」としても極めて重要な働きをしています。

制酸剤による胃酸分泌抑制と胃内pHの変化

胃酸を抑える薬剤には大きく3つの種類があります:

・H2ブロッカー(ヒスタミンH2受容体拮抗薬):比較的穏やかに胃酸分泌を抑える。
・PPI(プロトンポンプ阻害薬):強力に胃酸分泌を抑え、胃内pHを5〜6程度まで上昇させる。
・制酸薬(中和剤):一時的に胃酸を中和しpHを上げるが、効果は短時間。

たとえば、PPIを服用している場合、空腹時でも胃内のpHが5〜6という中性に近い環境になります。これにより、胃酸による殺菌作用が弱まり、細菌が腸へと到達しやすくなります。

実際にリスクはあるのか?研究と報告例から

PPIの長期使用における腸管感染症との関連を調べた研究では、必ずしも明確なリスク増加が認められていないものもあります。たとえば、オメプラゾールを1年間投与した大規模試験では、腸管感染症の発症率の有意な上昇は見られなかったという報告があります。

しかし一方で、以下のような事例も報告されています:

・胃切除患者におけるコレラの発症
・高齢者などの無酸症(胃酸が出ない状態)患者における食中毒の増加
・制酸剤服用者におけるサルモネラ菌感染の増加傾向

これらのデータを踏まえると、制酸薬によって胃酸のバリア機能が低下し、感染症リスクが一定程度高まる可能性は否定できません。

胃酸と血液凝固・消化酵素の関係

胃酸の働きは殺菌作用にとどまりません。以下のような生理的役割も持っています:

●ペプシンの活性化
・胃酸のpHが4以下で、タンパク質消化酵素であるペプシンが活性化されます。

●止血機構との関係
・胃内pHが5.4以下になると血液凝固能が低下し、出血時の止血が難しくなることがあります。
・胃内pHが4以下になると、ペプシンが血小板凝集塊を分解し、再出血のリスクが高まるとされています。

このため、潰瘍や出血のリスクがある場合には、あえて胃内pHを高く保つためにPPIが使用されます。つまり、制酸剤には明確な治療目的がある一方で、胃酸の殺菌機能が失われるという代償もあることを理解しておく必要があります。

食中毒リスクを減らすために:制酸剤服用中の注意点

制酸剤を使用している場合、食中毒の予防にはより一層の注意が必要です。とくに以下のような食品は避けた方が無難です:

・生牡蠣、生肉、生卵
・加熱不十分な魚介類
・常温保存された惣菜や弁当類

また、夏場や旅行時などは食中毒のリスクが高まるため、制酸剤を使用していない人であっても注意が必要です。

胃酸を抑える薬は悪者か?

ここまで読むと、「胃酸を抑える薬は危険では?」と思う方もいるかもしれません。しかし、実際には胃潰瘍、逆流性食道炎、ピロリ菌除菌治療など、必要不可欠な治療に使われているものであり、医師の指導のもとで適切に使用すれば問題ありません。

問題は、
・長期服用になっていることに気づいていない
・食中毒リスクを認識していない
・体調が良いのに漫然と飲み続けている
など、患者自身が薬の効果とリスクを理解していない場合です。

まとめ:胃酸の大切さと薬の付き合い方

・胃酸の主な役割:殺菌、消化酵素活性化、ミネラル吸収促進
・胃内pHの正常範囲:空腹時:1〜1.5、食後:4〜5
・制酸薬服用時のpH上昇:PPIで5〜6、H2ブロッカーで4〜5
・食中毒菌の好むpH:中性付近(pH7〜8)
・食中毒予防に必要な対策:生食回避、加熱、衛生管理

胃酸は単なる「消化液」ではなく、体を守るバリアとしても重要な役割を果たしています。制酸薬の服用が必要な場合でも、食生活や感染対策への配慮を忘れず、医師や薬剤師と相談しながら適切に薬と付き合うことが大切です。

1 件のコメント

  • 匿名 のコメント
         

    「PPIと食中毒」について
    制酸剤は、薬物学的には「胃酸(塩酸)を中和して胃のpHを上昇させる薬物」です。一方、PPIは、胃壁細胞のプロトンポンプに結合してプロトンポンプを非可逆的に阻害する事により、ご記載のとおり「胃酸の分泌を抑制する」薬物です。従って、PPIは制酸剤とは異なります。「PPIなどの制酸剤」との記述は間違いです。

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