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認知症の原因は甲状腺?―甲状腺機能低下症と認知機能の関係
公開. 更新. 投稿者: 25 ビュー. カテゴリ:認知症.この記事は約7分11秒で読めます.
認知症と甲状腺機能低下症

高齢者から、
「最近、物忘れがひどくなった」
「ぼーっとしていることが増えた」
「以前より反応が鈍くなった」
といった訴えを聞けば、まず「認知症」が頭に浮かびます。
しかし、認知機能が低下する原因はアルツハイマー型認知症などの神経変性疾患だけではありません。
その一つが甲状腺機能異常です。
特に甲状腺機能低下症では、記憶力低下、無気力、眠気、動作緩慢などがみられるため、認知症やうつ病のように見えることがあります。
日本甲状腺学会の「甲状腺疾患診断ガイドライン2024」でも、甲状腺機能低下症の臨床所見として「無気力」「動作緩慢」「嗜眠」「記憶力低下」などが挙げられています。
では、
認知症だと思っていたら、実は甲状腺の病気だった
ということがあるのでしょうか?
また、甲状腺機能低下症を治療すれば、認知機能も元に戻るのでしょうか?
今回は、甲状腺と認知機能の関係について整理します。
甲状腺ホルモンは脳にも作用している
甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンは、全身の代謝を調節しています。
甲状腺ホルモンが多くなれば代謝が亢進し、少なくなれば代謝が低下します。
その影響は心臓、消化管、筋肉、皮膚などだけでなく、脳にも及びます。
そのため甲状腺機能が低下すると、
- 記憶力の低下
- 集中力の低下
- 思考速度の低下
- 無気力
- 眠気
- 抑うつ
- 動作や反応が遅くなる
といった症状が現れることがあります。
これだけを見ると、高齢者では認知症と間違えても不思議ではありません。
甲状腺機能低下症は「認知症のように見える」
甲状腺機能低下症で重要なのは、認知機能だけが低下するわけではないことです。
典型的には、
寒がり、体重増加、便秘、むくみ、倦怠感、眠気、動作緩慢、記憶力低下
など、全身の活動性が低下する方向の症状がみられます。
日本甲状腺学会では、原発性甲状腺機能低下症について、
- FT4(遊離T4)低値
- TSH高値
を検査所見として挙げています。
つまり、
「物忘れ+動作が遅い+眠そう+寒がる+便秘」
といった患者を見た場合、単なる加齢や認知症だけでなく、
「甲状腺機能は大丈夫だろうか?」
という視点も持っておく必要があります。
認知症と甲状腺機能低下症の大きな違い
アルツハイマー型認知症などでは、脳の神経変性そのものが進行していきます。
一方、甲状腺機能低下症による認知機能低下は、甲状腺ホルモン不足という全身性の異常に伴って生じています。
そのため甲状腺機能低下症は、認知機能低下を評価するときに考慮される治療可能な原因の一つとして扱われてきました。
ここが重要です。
認知症のような症状があるからといって、
「高齢だから認知症だろう」
と決めつけてはいけません。
原因によっては治療可能な認知機能低下が含まれている可能性があります。
では、甲状腺機能低下症を治せば認知機能も元に戻る?
ここは少し慎重に考える必要があります。
「甲状腺機能低下症は治療可能」
だから、
「甲状腺ホルモンを補充すれば認知機能も完全に元に戻る」
とまでは言い切れません。
甲状腺機能異常は従来、認知機能低下の「可逆的な原因」として扱われてきましたが、実際に治療によってどの程度認知機能が改善するのかについては、十分に明確になっていない部分があります。
特に高齢者の場合、
甲状腺機能低下症とアルツハイマー型認知症などが併存している
可能性もあります。
甲状腺機能を正常化したからといって、すべての認知機能障害が改善するとは限りません。
「甲状腺機能低下症になると認知症になりやすい」は別の話
さらに注意したいのが、
「甲状腺機能低下症で認知症のような症状が出る」
ことと、
「甲状腺機能低下症の人は将来認知症になりやすい」
ことは別問題だということです。
ここは混同されやすいところです。
大規模研究では、甲状腺機能異常と将来の認知症発症との関係について、一貫した結果が得られていません。
2023年のシステマティックレビュー・メタ解析では、甲状腺機能低下症では認知症リスクの有意な増加は認められませんでした。一方、甲状腺機能亢進症や潜在性甲状腺機能亢進症では、認知症リスク上昇との関連が報告されています。
別の大規模な個人データ解析でも、甲状腺機能異常と認知機能低下・認知症発症との間に一貫した関連は確認されませんでした。
したがって、
甲状腺機能低下症=認知症になる
という理解は正しくありません。
むしろ臨床的には、
甲状腺機能低下症そのものが、認知症に似た認知・精神症状を起こすことがある
という点のほうが重要です。
潜在性甲状腺機能低下症でも認知機能は低下する?
さらにややこしいのが「潜在性甲状腺機能低下症」です。
一般に、
TSHは高いがFT4は基準範囲内
という状態を潜在性甲状腺機能低下症と呼びます。
高齢者では比較的よくみられます。
では、これも認知機能低下の原因なのでしょうか?
少なくとも、
「TSHが少し高いから認知機能が低下している」
とは単純に判断できません。
60歳以上を対象としたシステマティックレビュー・メタ解析では、潜在性甲状腺機能低下症と認知機能障害との明確な関連は確認されませんでした。
したがって、
TSH高値 → 認知機能低下 → レボチロキシンを飲めば改善
という単純な図式にはなりません。
特に高齢者の軽度TSH上昇については、年齢や症状、FT4、抗甲状腺抗体、心血管リスクなどを含めて総合的に判断する必要があります。
実は甲状腺機能「亢進」も認知機能に関係する
甲状腺と認知機能を考えるとき、低下症ばかりに目が行きますが、甲状腺機能亢進症にも注意が必要です。
甲状腺ホルモンが過剰になると、
- 動悸
- 発汗
- 手指振戦
- 体重減少
- 不眠
- 焦燥感
- 不安
- 集中力低下
などがみられます。
特に高齢者では典型的な甲状腺機能亢進症らしい症状が目立たず、無気力や抑うつ、認知機能低下などが前面に出ることもあります。
さらに興味深いことに、観察研究をまとめたメタ解析では、甲状腺機能低下症よりもむしろ甲状腺機能亢進症、とりわけ潜在性甲状腺機能亢進症と認知症リスクとの関連が報告されています。
ただし、これは「甲状腺機能亢進症が認知症を直接引き起こす」と証明されたという意味ではありません。
観察研究で認められた「関連」と「原因」は区別する必要があります。
認知機能低下でTSHを調べる理由
認知機能低下を訴える患者で甲状腺機能を確認する意味は、
「甲状腺機能低下症がアルツハイマー病の主な原因だから」ではありません。
見逃してはいけない治療可能な疾患が、認知症に似た症状を起こしている可能性があるからです。
例えば、
「80歳になって物忘れが増えた」
だけなら加齢や認知症を考えるかもしれません。
しかし、
「物忘れが増えた」
「以前より眠そう」
「動作が遅くなった」
「便秘がひどくなった」
「寒がるようになった」
「最近体重も増えた」
となれば、
「これは本当に認知症だけなのか?」
と考える余地があります。
甲状腺機能検査が、その鑑別の一つになります。
薬剤師が気づける甲状腺と認知機能の関係
薬局でも甲状腺機能異常を疑うヒントがあります。
例えば高齢患者に、
「最近ぼーっとする」
「物忘れが増えた」
「ずっと眠い」
「動くのがおっくう」
「便秘がひどくなった」
といった訴えがある場合です。
もちろん、これだけで甲状腺機能低下症と判断することはできません。
薬剤による影響も考える必要があります。
睡眠薬、抗不安薬、抗コリン作用を持つ薬、オピオイドなど、認知機能や覚醒度に影響する薬は少なくありません。
そのため、
認知機能低下 → 認知症
ではなく、
認知機能低下 → 認知症?薬剤性?甲状腺?うつ?その他の身体疾患?
という視点を持つことが重要です。
チラーヂンSを飲んでいる認知症患者を見たら?
処方を見ると、
レボチロキシン(チラーヂンS)+認知症治療薬
という組み合わせを目にすることがあります。
例えば、
- チラーヂンS
- ドネペジル
が同時に処方されていたとします。
この場合、
「甲状腺機能低下症が原因で認知症になった」
とは判断できません。
甲状腺機能低下症とアルツハイマー型認知症が偶然併存している可能性もあります。
ただし、
「甲状腺機能と認知機能には関係がある」
という知識があれば、処方から患者背景を想像するきっかけになります。
また、レボチロキシン治療中であっても、投与量が適切とは限りません。
TSHやFT4の推移、服薬状況などを確認する視点も重要になります。
「認知症の原因は甲状腺?」への答え
結論としては、
「認知症の主な原因が甲状腺というわけではない。しかし、甲状腺機能異常によって認知症に似た症状が現れることがある」
となります。
特に甲状腺機能低下症では、
記憶力低下、無気力、眠気、動作緩慢
などがみられるため、高齢者では認知症との鑑別が重要になります。
一方、
甲状腺機能低下症そのものが将来の認知症発症を増やすかどうかについては、エビデンスは一貫していません。
潜在性甲状腺機能低下症についても、認知機能低下との明確な関連が認められていない研究があります。
逆に、甲状腺機能亢進症や潜在性甲状腺機能亢進症については、観察研究で認知症リスクとの関連が報告されています。
したがって覚えておきたいのは、
「甲状腺=認知症の原因」ではなく、「認知症のように見える患者では甲状腺機能異常も鑑別に入る」
ということです。
高齢者の物忘れを「年齢のせい」「認知症だろう」で終わらせず、全身症状や薬剤、検査値まで含めて考える。
甲状腺と認知機能の関係は、その重要性を教えてくれる代表的な例といえるでしょう。



