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ランバート・イートン筋無力症候群と重症筋無力症との違い
公開. 更新. 投稿者: 2,606 ビュー. カテゴリ:痛み/鎮痛薬.この記事は約6分12秒で読めます.
目次
重症筋無力症とランバート・イートン筋無力症候群 ― 「神経筋接合部」をめぐる二つの病気と治療薬の違い

「力が入らない」「まぶたが下がる」「立ち上がりがつらい」――
これらの症状はいずれも“筋肉の病気”のように思えますが、
実際は「神経」と「筋肉」のあいだ、神経筋接合部の異常によって起こることがあります。
代表的な疾患が
・重症筋無力症(Myasthenia Gravis, MG)
・ランバート・イートン筋無力症候群(Lambert-Eaton Myasthenic Syndrome, LEMS)
の二つです。
どちらも「筋無力症」を名に持ち、似た症状を呈しますが、
障害される場所・仕組み・治療薬の作用機序が正反対です。
両疾患の違いを、
2024年に日本でも承認された ファダプス錠(アミファンプリジンリン酸塩) を中心に比較しながら勉強していきます。
神経筋接合部とは
筋肉が動くとき、脳からの電気信号は運動神経を通って筋肉まで伝わります。
しかし神経と筋肉は直接つながっているわけではなく、
その間に「神経筋接合部(neuromuscular junction)」というわずかな隙間があります。
正常な神経伝達の流れ
①神経終末に電気信号が到達する
②終末部の電位依存性カルシウムチャネル(VGCC)が開く
③Ca²⁺が神経内に流入
④神経内にある「アセチルコリン(ACh)」が放出される
⑤放出されたAChが筋肉側の「ACh受容体」に結合
⑥筋肉細胞が興奮し、筋収縮が起こる
つまり、
神経側は「AChを放出する装置」、
筋肉側は「AChを受け取る装置」といえます。
重症筋無力症(MG)のメカニズム ― 受け取る側の障害
重症筋無力症は、自己免疫により筋肉側(受け取る側)が障害される病気です。
原因
・自己抗体が筋肉側の アセチルコリン受容体(AChR) を攻撃
・受容体が減少し、AChを受け取れなくなる
・結果として、筋肉が十分に収縮できない
主な抗体
・抗AChR抗体
・抗MuSK抗体(AChR陰性例の一部)
・抗LRP4抗体 など
特徴的な症状
・眼瞼下垂(まぶたが下がる)
・複視(ものが二重に見える)
・会話や咀嚼の途中で力が抜ける
・夕方に疲れやすくなる
「使うと弱くなる(易疲労性)」が特徴です。
ランバート・イートン筋無力症候群(LEMS)のメカニズム ― 送る側の障害
一方、ランバート・イートン筋無力症候群は、神経側(送る側)が障害される病気です。
原因
・自己抗体が神経終末の P/Q型電位依存性カルシウムチャネル(VGCC) を攻撃
・神経終末にカルシウムが入れず、AChを放出できなくなる
・結果として、筋肉への信号が弱くなり、筋収縮が起こりにくくなる
合併疾患
・特に 小細胞肺がん(SCLC) に合併することが多く、
がんに対する免疫反応が誤って神経を攻撃してしまう「傍腫瘍性神経症候群」として知られています。
・がんがない場合もあり、純粋に自己免疫的に発症するタイプもあります。
特徴的な症状
・下肢近位筋(太もも、腰)の筋力低下 → 立ち上がり困難
・筋力が「使うと強くなる(促通現象)」
・自律神経症状(口渇、便秘、勃起障害、起立性低血圧など)を伴う
MGとLEMSの「メカニズムが逆」
| 項目 | ランバート・イートン筋無力症候群(LEMS) | 重症筋無力症(MG) |
|---|---|---|
| 原因 | カルシウムチャネルに対する自己抗体 | アセチルコリン受容体に対する自己抗体 |
| 主な標的 | 神経終末のCa²⁺チャネル | 筋肉側のアセチルコリン受容体 |
| 自己抗体 | 抗VGCC抗体 | 抗AChR抗体/MuSK抗体 |
| ACh放出 | 正常 | 減少 |
| ACh受容 | 減少 | 正常 |
| 初発症状 | 下肢の筋力低下や歩きにくさ | 眼瞼下垂、複視などの眼筋症状 |
| 筋力の変化 | 使うと改善(ウォームアップ現象) | 使うと悪化(易疲労性) |
| 自律神経症状 | あり(便秘、立ちくらみなど) | 基本的になし |
| 合併症 | 小細胞肺がんとの関連が強い(パラネオプラスティック) | 胸腺腫との関連あり |
| 反応する治療薬 | アミファンプリジン(アセチルコリン放出促進) | コリンエステラーゼ阻害薬(アセチルコリン作用延長) |
| 好発年齢 | 中高年(特に男性) | 若年女性、高齢男性 |
| 障害部位 | 神経終末(アセチルコリン放出前) | 筋肉側(受容体) |
つまり、
MGは「受け取れない病気」、
LEMSは「送れない病気」です。
この“逆方向”の病態が、治療薬の選択を大きく分けます。
重症筋無力症の治療薬
① コリンエステラーゼ阻害薬(アセチルコリン分解抑制)
代表薬:
・ピリドスチグミン臭化物(メスチノン)
・アンベノニウム(ミオブロック)
作用機序:
AChを分解する酵素(アセチルコリンエステラーゼ)を阻害し、
シナプス間隙にAChを長く留めておく。
→ 減っている受容体でも、何とか刺激を保てるようにする。
つまり、AChの「受け取りチャンス」を増やす薬です。
② 免疫抑制療法
・副腎皮質ステロイド(プレドニゾロン)
・アザチオプリン、シクロスポリン、タクロリムスなど
→ 自己抗体の産生を抑える。
③ 抗体除去療法
・免疫グロブリン大量療法(IVIG)
・血漿交換療法
④ 外科的治療
・胸腺摘出(胸腺腫合併例)
ランバート・イートン筋無力症候群の治療薬
① アミファンプリジンリン酸塩(ファダプス錠)
2024年、日本で初めてLEMSの治療薬として承認されました。
作用機序
神経終末の電位依存性K⁺チャネルを一時的にブロックし、
神経終末の脱分極を延長させます。
これによりCa²⁺チャネルが開いている時間が長くなり、
Ca²⁺流入量が増加 → ACh放出が促進される。
つまり、
AChの「出を増やす薬」です。
重症筋無力症に使われる薬(AChを“残す薬”)とは、
正反対の方向に作用します。
効果
・筋力の改善(特に下肢の筋力)
・疲労感や倦怠感の軽減
・呼吸筋の補助的改善
欧米ではLEMS治療の第一選択薬として確立しています。
副作用
・感覚異常、めまい、けいれん発作、胃腸症状など
・QT延長など心電図異常に注意が必要(高用量時)
② 免疫療法
・副腎皮質ステロイド、免疫抑制薬
・IVIG、血漿交換など
→ 自己抗体を減らすことで症状改善。
③ 原因腫瘍の治療
LEMSの約半数は小細胞肺がんに伴うため、
腫瘍治療(化学療法・放射線治療)が最も根本的な対策になります。
腫瘍の縮小によりLEMSの症状も軽快することがあります。
カリウムチャネル遮断薬の多彩な働き
ファダプス錠(一般名:アミファンプリジン)は、薬理学的にはカリウムチャネル遮断薬に分類されます。カリウムチャネルとは、細胞膜を通じてカリウムイオン(K⁺)を出し入れするためのタンパク質で、電気的な興奮性や再分極に深く関与しています。このチャネルを遮断する薬剤は、作用部位やチャネルのサブタイプの違いによって、まったく異なる臨床効果を持つのが特徴です。
たとえば、心臓の興奮伝導に関わるIKrやIKsといったカリウムチャネルを遮断する薬剤は、再分極を遅延させて心拍の安定化をもたらします。これがいわゆるクラスⅢ抗不整脈薬(アミオダロン、ソタロールなど)であり、致死的不整脈の予防に用いられます。
一方で、膵臓のβ細胞に存在するATP感受性カリウムチャネル(KATP)を遮断する薬は、インスリン分泌を促す作用を持ちます。これは2型糖尿病の治療に使われるスルホニル尿素薬(グリメピリドなど)の基本的な作用機序です。
さらに、ファダプスのように神経終末に存在する電位依存性カリウムチャネル(Kv1系など)を遮断することで、神経の脱分極を長引かせ、カルシウム流入とアセチルコリン放出を促進するという、神経伝達を強める作用もあります。これはLEMSの病態である「アセチルコリン放出障害」を補う理にかなった治療戦略です。
このように、「カリウムチャネル遮断薬」と一括りにされる薬剤群は、心臓・神経・膵臓など多様な組織で異なるカリウムチャネルを標的としており、その臨床効果は極めて幅広いのです。ファダプスは、その中でも「神経筋接合部におけるカリウムチャネル遮断薬」として、希少疾患であるLEMSの治療に新たな選択肢をもたらしました。
ファダプスとメスチノンの「逆転関係」
| 比較項目 | ファダプス錠(アミファンプリジン) | メスチノン錠(ピリドスチグミン) |
|---|---|---|
| 適応疾患 | ランバート・イートン筋無力症候群 | 重症筋無力症 |
| 標的部位 | 神経終末(送信側) | 筋肉側(受信側) |
| 作用機序 | K⁺チャネルをブロックしてCa²⁺流入↑ → ACh放出↑ | ACh分解を抑制 → ACh滞留↑ |
| AChへの影響 | 放出量を増やす | 作用時間を延ばす |
| メカニズム | 神経側の伝達改善 | 筋肉側の受容効率改善 |
| 効果の方向性 | 「出を増やす」 | 「残す」 |
つまり、神経側から攻めるのがファダプス、
筋肉側から支えるのがメスチノンです。
この対比が、両疾患の根本的な違いを最もわかりやすく示しています。
臨床現場での位置づけ
ファダプス錠は、LEMSという極めて希少な疾患(患者数300人程度)に対する
画期的な治療薬として登場しました。
従来は海外から個人輸入されるケースもありましたが、
国内承認により安定した治療が可能となりました。
一方の重症筋無力症では、免疫療法・生物学的製剤(リツキシマブなど)を含め、
治療の選択肢が増えています。
つまり両疾患は、
「障害される場所は逆でも、どちらも自己免疫が関わる神経筋接合部疾患」
という共通点を持ちながら、
治療戦略のベクトルが真逆という非常に興味深い関係にあります。
終わりに
重症筋無力症とランバート・イートン筋無力症候群は、
どちらも筋肉が「動きにくくなる」病気ですが、
原因の場所が神経側か、筋肉側かという点で真逆の関係にあります。
その違いが、そのまま治療薬の作用点の違いにも直結します。
メスチノンは「アセチルコリンを残す薬」、
ファダプスは「アセチルコリンを出す薬」。
似た名前でもメカニズムは正反対。
神経と筋肉の“橋渡し”をどこで支えるか――
それが、この2つの疾患を理解する最も重要なポイントです。




