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NSAIDsの長期使用は不妊の原因になる?
公開. 更新. 投稿者:痛み/鎮痛薬.この記事は約5分21秒で読めます.
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NSAIDsの長期使用は不妊の原因になる?排卵との関係

生理痛や頭痛、関節痛など、日常的な痛みによく使われるNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)。市販薬としても広く流通しており、鎮痛薬としての信頼は厚いものの、「NSAIDsが不妊の原因になることがある」という話を耳にして、不安に感じたことはありませんか?
NSAIDsと不妊症の関連性について、厚生労働省の通知や添付文書改訂の経緯、薬理作用の観点から勉強していきます。特に妊娠を希望する女性や、NSAIDsを日常的に服用している方にはぜひ知っておいてほしい情報です。
NSAIDsとは何か?市販薬にも多く含まれる成分
NSAIDs(non-steroidal anti-inflammatory drugs:非ステロイド性抗炎症薬)は、文字通り「ステロイド以外で炎症を抑える薬」です。痛み・炎症・発熱を抑える作用があり、一般的な用途としては以下のような症状に使われます。
・生理痛(例:イブプロフェン、ロキソプロフェン)
・頭痛
・関節炎(リウマチなど)
・筋肉痛、腰痛
・発熱
医療用のNSAIDsだけでなく、一般用医薬品(OTC医薬品)としても多くの種類が市販されています。例えば、「ロキソニンS」や「イブA錠」などはドラッグストアでも手に入ります。
一方で、NSAIDsには胃腸障害や腎機能障害といった副作用も知られています。加えて、「女性の不妊と関係があるのではないか」という副作用情報も添付文書に記載されるようになっています。
厚労省が添付文書の改訂を指示した背景
NSAIDsと不妊の関連性が国内で注目されたきっかけは、2001年に厚生労働省が製薬企業に対し、NSAIDsの添付文書の改訂を指示したことです。
当時、海外から以下のような症例報告がありました。
「酸性NSAIDs(インドメタシン、ジクロフェナク、ピロキシカム、ナプロキセンなど)を数年間服用していた関節リウマチの女性患者において、服用中に排卵が起きず不妊状態となり、服薬を中止したところ自然妊娠した」
これを受けて、各社のNSAIDs製剤の添付文書には以下のような文言が追加されました。
「非ステロイド性消炎鎮痛剤を長期間投与されている女性において、一時的な不妊が認められたとの報告がある」
このように「長期間服用」による「一時的な不妊」という注意書きが全国の医療用NSAIDsに記載されるようになったのです。
なぜNSAIDsで不妊になるのか?排卵のメカニズムと関係
NSAIDsによる不妊のメカニズムは、排卵に関わるホルモンや酵素の働きに影響するためと考えられています。
◆ NSAIDsの作用:COX阻害によるプロスタグランジンの合成抑制
NSAIDsは、シクロオキシゲナーゼ(COX)という酵素の働きを阻害することで、プロスタグランジンの合成を抑制します。
COXには以下のようなタイプがあります:
・COX-1:胃粘膜保護や血小板機能に関与
・COX-2:炎症や痛みの際に誘導され、炎症反応に関与
・COX-3:脳に存在するとされ、解熱作用に関与(アセトアミノフェンの作用点とも)
排卵前の卵胞ではCOX-2が発現し、排卵を誘導するプロスタグランジンE2(PGE2)の合成に関与します。NSAIDsがCOX-2を阻害すると、プロスタグランジンの産生が妨げられ、卵胞が成熟しても排卵が起きない状態、いわゆる「無排卵黄体化(LUF:Luteinized Unruptured Follicle)」に至る可能性があります。
◆ LUF症候群と不妊の関係
LUFとは、卵胞が成熟して黄体化するにもかかわらず、排卵が起こらない状態のことを指します。LUFが続くと、妊娠に必要な排卵が行われないため、不妊症の原因になります。
NSAIDsによってこの状態が誘発されることがあり、これが「一時的な不妊」の理由として考えられているのです。
アセトアミノフェン(カロナール)でも不妊のリスクはある?
アセトアミノフェン(商品名:カロナール)は、NSAIDsとは異なる作用機序を持ち、主に中枢神経系に作用するCOX-3阻害薬と考えられています。そのため、「NSAIDsのようなプロスタグランジン合成阻害による排卵障害は起きにくいのでは?」と考える人もいるでしょう。
しかしながら、実際のカロナールの添付文書にも、以下のような文言が記載されています。
「非ステロイド性消炎鎮痛剤を長期間投与されている女性において、一時的な不妊が認められたとの報告がある」
これは、厚生労働省の一括改訂指示に基づいて、NSAIDsに分類される全製剤に記載された文言であり、アセトアミノフェンについても同様に注意喚起されています。ただし、アセトアミノフェンの不妊リスクに関する具体的な報告は極めて限られています。
貼付剤(パップ剤)や外用NSAIDsでも不妊のリスクはある?
女性のなかには、腰痛や肩こりなどにNSAIDsの貼付剤(パップ剤)やゲルを使っている方も多いはずです。このような局所外用剤でも不妊への影響はあるのでしょうか?
結論から言えば、一般的にパップ剤による不妊リスクは極めて低いと考えられています。
◆ 血中移行量が少ない
貼付剤は経口薬と比べて全身への吸収量が非常に少ないため、排卵に影響を与えるレベルの血中濃度にはなりません。実際、NSAIDsによる排卵抑制が報告されているのはすべて経口剤の服用例です。
また、2001年に添付文書の改訂指示が行われたのは、経口剤・注射剤・坐剤・注腸剤に限られており、パップ剤や外用ゲル剤などの局所外用製剤には該当していません。
したがって、貼付剤でのNSAIDs使用によって不妊になる可能性はほとんどないと考えてよいでしょう。
NSAIDsによる不妊は「一時的」で「可逆的」
これまでに報告されているNSAIDs関連の不妊は、いずれも一時的なものであり、服用を中止すれば排卵が回復し妊娠できたという経過をたどっています。つまり、NSAIDsによる排卵抑制作用は可逆的であるとされています。
ただし、排卵を意図的に抑制したい場合(排卵誘発や不妊治療の管理)には問題となる可能性がありますし、自己判断で鎮痛薬を長期間連用することには注意が必要です。
妊活中・不妊治療中の方へのアドバイス
妊娠を希望している方や不妊治療を受けている方で、NSAIDsを常用している場合には、次のような対応が望まれます。
・できるだけNSAIDsの使用を控える(特に排卵期前後)
・医師に相談しながら使用薬を見直す
・痛み止めが必要な場合は、アセトアミノフェン系への変更を検討(ただし添付文書上の注意点はある)
痛み止めは生活の質を支える大切な薬ですが、妊活中であればその影響について知識を持ち、必要に応じて医師と相談することが重要です。
まとめ:NSAIDsは適切に使えば恐れる必要はない
・NSAIDsはCOX-2を阻害し、排卵を妨げることで一時的な不妊を起こすことがある
・この作用は可逆的であり、服薬をやめれば妊娠が可能になる
・パップ剤などの貼付剤ではリスクは非常に低い
・妊活中・不妊治療中の方は医師と相談のうえ、使用薬の見直しを検討
痛みと付き合う上でNSAIDsは非常に有用な薬です。しかし、妊娠を望むタイミングでは、その使用を再考する時期があるかもしれません。正しい知識を持ち、医療者と連携しながら自分にとって最適な選択をしていきましょう。