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ビグアナイド系薬は糖尿病治療薬だけじゃない?
公開. 更新. 投稿者:糖尿病.この記事は約6分44秒で読めます.
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ビグアナイド系薬は糖尿病治療薬だけじゃない?

薬剤師として日々処方箋を取り扱っていると、「ビグアナイド系薬」という言葉を耳にしたとき、真っ先に思い浮かぶのはやはりメトホルミンではないでしょうか。
2型糖尿病治療の代表的な経口血糖降下薬であり、日本国内でも「メトグルコ®」をはじめ、「エクメット®」「イニシンク®」「メタクト®」などの配合剤に広く使われています。
しかし、実はビグアナイド系薬は糖尿病用薬だけではなく、意外な分野で幅広く使われています。
糖尿病治療の枠を超えたビグアナイド系薬の多様性と、過敏症やアレルギーへの注意点を、勉強していきます。
ビグアナイド系薬とは
そもそもビグアナイド(biguanide)とは、化学構造として2つのグアニジン基が結合した構造をもつ化合物群を指します。
グアニジンはアルカリ性を示す含窒素化合物で、これが2つ繋がった構造をもつのがビグアナイド骨格です。
この骨格をベースに、いくつかの異なる作用機序をもつ薬剤が開発されてきました。
一般に「ビグアナイド系薬」といえば、糖尿病治療薬のメトホルミンを指しますが、消毒薬や抗マラリア薬など、全く異なる分野で用いられているものも含まれます。
代表的なビグアナイド系薬を簡単に整理すると以下の通りです。
糖尿病治療:メトホルミン、ブホルミン➡血糖降下
消毒薬・殺菌薬:クロルヘキシジン➡皮膚・粘膜の消毒
抗マラリア薬:プログアニル➡マラリア治療・予防
メトホルミン:ビグアナイド系糖尿病治療薬の中心
■ メトホルミンの概要
メトホルミンは2型糖尿病治療薬として最も広く使用されています。
AMPキナーゼ活性化による肝糖新生抑制、筋肉へのグルコース取り込み促進、小腸での糖吸収抑制など、多方面から血糖値を改善します。
1970年代には同じビグアナイド系のフェンホルミン(ジベトス®)やブホルミンも使用されていましたが、乳酸アシドーシスのリスクが大きく、現在は国内で販売されていません。
メトホルミンはこのリスクを大幅に低減しており、世界的に第一選択薬としての地位を確立しています。
消毒薬のクロルヘキシジンもビグアナイド系薬
「ビグアナイド系薬」と聞くと経口血糖降下薬以外を想像するのは難しいですが、意外にも私たちが日常的に目にする消毒薬にビグアナイド骨格を持つものがあります。
それがクロルヘキシジン(chlorhexidine)です。
■ クロルヘキシジンの特徴
クロルヘキシジンは、グルコン酸塩としてヒビテン®液の有効成分に使われています。
強力な殺菌作用があり、皮膚消毒や手指消毒、口腔ケア、手術部位の消毒に幅広く用いられています。
【クロルヘキシジンの適応例】
・手術野皮膚の消毒
・カテーテル挿入部位の消毒
・口腔内洗浄
・傷の殺菌
「ヒビテン®」以外にも、デスパコーワ®口腔用クリームなど局所製剤に含まれています。
■ なぜビグアナイドに分類される?
クロルヘキシジンは化学構造的にビグアナイド骨格をもつため、広義ではビグアナイド系薬に含まれます。ただし、血糖降下作用はなく、殺菌効果が主目的です。
糖尿病用薬のメトホルミンと全く異なる使われ方ですが、「ビグアナイドに過敏症の既往がある患者」に対しては注意が必要です。
抗マラリア薬のプログアニルもビグアナイド系薬
もう一つの隠れたビグアナイド系薬が、抗マラリア薬のプログアニル(proguanil)です。
日本ではあまり馴染みがない薬ですが、海外旅行・出張でマラリア流行地域に滞在する人が内服するマラロン配合錠(アトバコン/プログアニル)に含まれています。
■ プログアニルの用途
・熱帯熱マラリアの治療
・マラリアの予防内服
これもビグアナイド骨格を持つ化合物であり、薬剤アレルギーの問診の際に確認が必要です。
ビグアナイド系薬の過敏症にどう対応する?
糖尿病治療薬に限らず、ビグアナイド系薬の過敏症を経験した患者では、同系統の他薬でも交差反応の可能性がゼロとはいえません。
【問診で確認すべきポイント】
●過去に糖尿病治療薬でアレルギーを起こしたか?
・メトホルミン
・フェンホルミン
●クロルヘキシジンで皮膚炎やアナフィラキシーを起こした経験は?
・消毒で発疹が出たことがある患者
●抗マラリア薬を内服して皮疹や蕁麻疹を起こしたか?
・海外渡航歴のある人
もちろん実務上は「ビグアナイド骨格」という理由だけで全ての薬を避けるわけではありませんが、注意喚起として知っておく価値は十分あります。
「本剤の成分又はビグアナイド系薬剤に対し過敏症の既往歴のある患者」とは?
メトグルコ®の禁忌には、
「本剤の成分又はビグアナイド系薬剤に対し過敏症の既往歴のある患者」
と記載されています。
この「ビグアナイド系薬剤」には、
・他のメトホルミン製剤(エクメット®、イニシンク®など)
・ブホルミン
・そして広義ではクロルヘキシジン、プログアニル
が含まれることになります。
ただし実務上、この交差反応を全て考慮するのは非常に難しいため、
・メトホルミンで重篤な過敏症歴がある患者
・クロルヘキシジンにアナフィラキシーを起こした患者
など、特に重篤な既往がある場合に個別に対応を検討する形が現実的です。
ビグアナイド系薬はなぜ糖尿病治療に使われるのか?
ここで改めて、なぜビグアナイドが血糖降下作用を持つのか簡単に触れておきます。
ビグアナイド系薬は元々、ゲール(Galega officinalis)というハーブから抽出されたガレガン(グアニジン誘導体)に端を発します。
グアニジン誘導体が血糖を下げる作用を持つことが発見され、その後、より安全性の高い化合物を探索する中で、メトホルミンが生まれました。
主な作用機序:
・肝臓での糖新生抑制
・筋肉での糖取り込み促進
・腸管での糖吸収抑制
これらの効果により、インスリン抵抗性を改善する「インスリン感受性改善薬」として位置づけられています。
クロルヘキシジン過敏症:消毒薬アレルギーの重要性
クロルヘキシジンは強力な殺菌作用で非常に便利な薬剤ですが、アナフィラキシーの報告もあるため、アレルギーには注意が必要です。
【クロルヘキシジンの副作用例】
・接触皮膚炎(発赤、腫脹、痒み)
・アナフィラキシーショック
・アレルギー性蕁麻疹
特に手術時やカテーテル処置で局所に使用される機会が多く、過敏症既往がある患者には別の消毒薬(イソジンなど)に切り替える必要があります。
ビグアナイド系薬をめぐる薬剤師の心得
薬剤師として、患者に「ビグアナイド系薬に過敏症があるか」と問うだけでは、まず「それ何?」と返されるでしょう。
しかし、処方監査や服薬指導の場で、
・糖尿病薬のアレルギー既往
・消毒薬の皮膚炎歴
・抗マラリア薬の副作用歴
などをきちんと把握しておくことで、思わぬ副作用やトラブルを未然に防げます。
特に、化学構造の共通性に基づく交差アレルギーは、患者自身が認識していない場合もあります。
「ビグアナイド系薬だから絶対に危険」という話ではありませんが、知識として頭の片隅に置いておくだけでも、薬剤師としての引き出しが大きく広がります。
まとめ
ビグアナイド系薬というと、多くの医療従事者がメトホルミンを真っ先に思い浮かべるでしょう。
しかしその背後には、糖尿病治療薬にとどまらず、消毒薬や抗マラリア薬など、幅広い分野で活躍するビグアナイド骨格の薬剤があります。
薬剤師としては、
・どの薬にビグアナイド骨格があるのか
・過敏症既往のある患者にどこまで注意するのか
を知っておくことが、安心・安全な薬物療法支援に繋がります。
「化学構造式にまで目を配るのは大変…」と思われるかもしれませんが、少なくとも「メトホルミン=ビグアナイド系、クロルヘキシジンもビグアナイド系、プログアニルもビグアナイド系」という基礎知識を押さえておくと、薬剤師として一歩先を行く対応ができるはずです。