2025年6月4日更新.2,489記事.

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コロンブス交換によってもたらされた感染症

コロンブス交換がもたらした感染症──文明を滅ぼした“見えない侵略者”たち

1492年、クリストファー・コロンブスのアメリカ大陸到達は、単なる大航海時代の幕開けではなく、世界史の流れを根本から変える“生物学的大転換”を引き起こしました。

それが「コロンブス交換(Columbian Exchange)」です。

この現象は、旧大陸(ヨーロッパ・アジア・アフリカ)と新大陸(アメリカ大陸)との間で行われた生物・文化・技術・病原体の双方向的な大規模交流を指し、食料、動物、宗教、思想、言語、そして感染症までもが、海を越えて地球規模で拡散していきました。

その中でも、新大陸に持ち込まれた“感染症”は、文明の崩壊をもたらすほどの壊滅的な影響を及ぼしました。

コロンブス交換とは?

コロンブス交換という言葉は、アメリカの歴史学者アルフレッド・W・クロスビーによって1972年に提唱されました。

彼は、大航海時代以降の植物、動物、ヒト、病原体などの地球規模の移動によって、世界の生態系や人口構造、文化が激変したことを「コロンブス交換」と呼びました。

この交換において注目すべきは、単に農作物(ジャガイモ、トウモロコシ、トマトなど)や家畜(馬、牛、豚)の移動だけでなく、旧大陸から新大陸にもたらされた「病気」が、新世界に未曾有の災厄をもたらした点です。

新大陸に持ち込まれた感染症

コロンブスやその後の探検者たちがアメリカ大陸に到達したとき、彼らは武器だけでなく、天然痘や麻疹といった“目に見えない病原体”を携えていました。新大陸の先住民たちはこれらの感染症に対する免疫を一切持たず、その結果、急速かつ広範囲に病気が蔓延していったのです。

天然痘(Smallpox)

天然痘は最も破壊的な感染症でした。ウイルス性疾患であり、致死率は20~30%とも言われています。

コルテスによるアステカ征服(1520年代)において、天然痘が兵士よりも先に首都テノチティトランを襲ったとされます。

病気の流行によって、アステカ帝国は政治的・軍事的指導者層を失い、征服が容易になったといわれています。

先住民人口の50%〜90%が死亡した地域も存在します。

麻疹(はしか/Measles)

麻疹もまた新大陸にとって新たな脅威でした。感染力が極めて強く、乳幼児の死亡率が高いため、次世代の人口を奪う効果がありました。

天然痘の次に流行した病気で、共同体の再建を妨げました。

幼児死亡が多発し、文化の継承が困難になった例もあります。

インフルエンザ(Influenza)

インフルエンザは一過性の流行を繰り返す疾患ですが、未感染集団に初めて広がると非常に高い死亡率を示します。

アステカやインカでも大流行。

一つの集落が丸ごと無人になることもあったと記録されています。

百日咳(Whooping Cough)

小児を中心に致命的な影響を与えました。新大陸では集団免疫が存在せず、流行すれば多数の乳幼児が死亡しました。

赤痢・腸チフス・ジフテリア・風疹

下痢症状や呼吸器系疾患もまた大規模に広がりました。都市的な衛生インフラが整っていなかった新大陸において、これらの病気は壊滅的な打撃を与えました。

感染症による文明崩壊のメカニズム

なぜこれほどまでに感染症は新大陸に壊滅的な影響を及ぼしたのでしょうか?

〇免疫の欠如:
新大陸には、天然痘や麻疹といった病原体の自然発生源がなく、これまでの接触歴がなかったため、先住民の誰一人として免疫をもっていませんでした。

ヨーロッパでは子どもの頃に軽症で済むことも多かった病気が、新大陸ではすべての年齢層に重篤な症状を引き起こしました。

〇人口の激減:
ある研究によれば、1492年当時のメキシコ中央高原に存在した先住民人口約2500万人のうち、1600年には100万人未満にまで減少したと推計されています。

〇社会構造の崩壊:
感染症はただの「病気」ではありません。社会的指導者、宗教的指導者、職人など社会の中核を担う人々を失うことにより、文明そのものが崩壊したのです。

新大陸から旧大陸に伝わったとされる感染症

一方で、「新大陸から旧大陸に伝わった唯一の感染症ではないか」とされているのが梅毒(Syphilis)です。

1490年代以降、ヨーロッパで急速に広まった梅毒は、「新世界病」とも呼ばれました。

コロンブスの船員がカリブ海から病気を持ち帰ったという説が根強くあります。

ただし、近年の研究では「ヨーロッパにも類似の感染症が以前からあった」とする説もあり、決着はついていません。

感染症が「征服」を容易にした

スペイン人の征服者(コンキスタドール)は、数百人規模で数百万人の先住民を支配したと言われます。しかしそれは武力の差だけではなく、感染症によって先住民の戦意が喪失し、社会が崩壊していたためです。

フランシスコ・ピサロがインカ帝国を征服したとき、インカ皇帝は天然痘で死亡しており、内紛状態だった。

新たな王を選出する間に、スペイン軍が首都クスコを制圧。

このようにして、病原体は文字通り「先兵」として働いたのです。

コロンブス交換が現代に残した教訓

コロンブス交換によって感染症が文明を崩壊させた歴史は、現代のグローバル化時代においても決して他人事ではありません。

・2000年代:SARS、MERS、エボラ出血熱などの新興感染症の拡散
・2020年代:COVID-19の世界的パンデミック

人の移動とともに病気もまた移動します。感染症の拡大は、戦争や武力よりもはるかに速く、広く、そして確実に社会を変えていきます。

コロンブス交換によって新大陸にもたらされた感染症は、武器よりも強力な“侵略者”として文明を揺るがせました。

この歴史的事実を知ることは、パンデミックと共存する現代において、感染症リスクの予防と対策を考えるための重要な手がかりになります。

1 件のコメント

  • nanasi のコメント
         

    細かいところですが、イラストの大陸が逆では?
    (アメリカが旧大陸で、アフリカが新大陸となっています)

コメント


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