2025年8月24日更新.2,598記事.

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医師や薬剤師が自分や家族に診療・調剤を行うことは許されるのか?

医師や薬剤師が自分や家族に診療・調剤を行うことは許されるのか?

医療や薬に関わる専門職である医師・歯科医師・薬剤師は、日々患者さんの診療や調剤を通じて健康を守っています。しかし、自分自身や家族が病気になったとき、こうした専門家であっても「自分で診察し、処方し、調剤していいのだろうか?」という疑問を持つ人は少なくありません。

このテーマは、単なるマナーの問題ではなく、法律や保険制度にも深く関わります。医師や薬剤師が自分自身や家族に対して診療・処方・調剤を行う場合に、どこまで許されるのか、どのようなリスクや制限があるのかを、実際の法令や公的な解説をもとに勉強します。

医師が自分自身に処方箋を出すのは許される?

まず、医師が自分自身の病気に対して診察し、診療を行い、処方箋を書けるかという点について、医師法や健康保険法では「絶対に禁止」とは定められていません。つまり法律上は自らに処方箋を発行すること自体は可能です。

しかし、この行為は多くのリスクを伴います。医学的には自己診断は誤診を招きやすく、特に重大な疾患の場合、客観的評価が欠如し、適切な治療が遅れる危険があります。
さらに、保険診療としてレセプト請求を行う場合には、診療報酬の支払い対象にならない可能性が高い点に注意が必要です。

厚生労働省や各医師会も「自らに対する保険診療は原則認められない」という立場を示しています。なぜなら、健康保険法においては保険診療は医師と被保険者(患者)の契約行為として成立し、医師と患者が同一人物であれば契約関係の客観性が失われるからです。

要するに、自費で診療・処方する分には理屈上問題はないものの、保険請求することはできず、診療の適正さにも強い疑義がつきまといます。

自分で自分に処方箋を出すことの現実的な弊害
・客観的診断ができない
・患者カルテも「診察記録」としての真正性が疑われる
・安易に向精神薬や依存性薬を処方する恐れがある
・保険請求は原則認められない

このように、法律で明確に禁止されていなくても、自らへの診療・処方は強く抑制されていると言えます。

医師が家族に診療・処方箋を出す場合は?

一方で、自分ではなく「家族に対する診療」はどうでしょうか?

こちらも、医師が家族を診療すること自体を禁止する法律はありません。現実にも、離島・僻地などでは家族が最も身近な医療資源である場合が多く、家族の診療はやむを得ない側面があります。

しかし、保険請求については注意が必要です。
社会保険診療報酬支払基金や国保連合会の見解では、

家族に対する診療についても、第三者による診療であれば保険請求は認められるが、適正な診療を行ったことが客観的に証明できる必要がある。

とされています。

たとえば、実際に診察を行い、診療録を適正に作成し、診療内容が医学的に妥当であると評価できる場合は、保険診療として認められるケースもあります。
しかし、いわゆる「なあなあの診療」で処方箋だけ出すなど、客観性に欠ける場合は、保険請求が否認される恐れがあります。

特に向精神薬・麻薬・睡眠薬などを家族に出す場合は、不正使用や依存の問題が疑われるため、厳しい視線が注がれます。実務上は、第三者の医師に診察を依頼するのが無難です。

薬剤師が自分の処方箋を調剤することは?

医師や歯科医師と同様に、薬剤師にも自らの薬の扱いに関する規定があります。

薬剤師法第23条では、

薬剤師は処方箋に基づいて調剤を行わなければならない。
とされていますが、「自分の処方箋を調剤してはいけない」と直接定める条文はありません。

しかし、保険調剤の場合は、医療保険制度の観点から問題が生じます。
国民健康保険団体連合会(国保連)などの見解によれば、

薬剤師が自らの処方箋を調剤し、調剤報酬を請求することは保険請求の対象外

とされています。これは、医療の受給者と調剤の提供者が同一人物であるため、保険診療の客観性が担保できないからです。

つまり、法律上は禁止はされていないものの、保険請求はできない=公的負担はされないという立場です。
自費購入であれば理屈上問題にはなりませんが、調剤記録や安全管理上のリスクは残ります。

薬剤師が家族の処方箋を調剤すること

家族の場合も、保険制度上の考え方は基本的に同じです。
自らの家族に調剤を行う場合は、
・客観的な薬剤管理・調剤が行われるか
・第三者チェックが機能するか
が問題になります。

現実には、家族に対する調剤を完全に禁止するルールはなく、離島など人手が限られた薬局ではやむを得ない場面もあります。
ただし、保険請求の審査で「本当に適正に調剤したのか?薬歴は作成されているか?」と問われる可能性があるため、十分な記録と客観性の担保が必要です。

社会保険・国民健康保険の給付と自家診療・自家調剤の原則

健康保険法には、いわゆる「自己負担軽減目的の不正受給」を防ぐための規定があります。

厚生労働省の見解として、

医師が自己または家族に診療を行った場合、保険医療としての療養の給付の対象外であり、保険給付は行わないこととしている

とされています。

これは、
・公費である保険料が不適切に使用される恐れ
・医療の適正さの担保が難しいこと
・監査・審査で不正が見抜きにくいこと
が理由です。

したがって、自己診療・家族診療・自己調剤・家族調剤は「医療倫理や安全管理の観点からも極力避けるべき」という立場が基本です。

緊急性と地域事情による例外

一方で、すべてが一律に認められないわけではありません。

たとえば離島や山間部など、他に医師・薬剤師がいない環境では、やむを得ず家族の診療・調剤を行わざるを得ない場合もあります。このような緊急性や地域事情が認められれば、保険請求が否認されないケースもあり得ます。

ただし、常態化は認められないため、なるべく第三者の医療機関・薬局に委ねる努力をすべきです。

診療録・調剤録の作成義務と倫理上の留意

もしどうしても診療や調剤を行う場合は、以下の点が特に重要です。

・診療録・調剤録を正式に作成する
・処方内容の妥当性を医学的・薬学的に説明できる
・向精神薬や麻薬の処方は極力避ける
・緊急性がない場合は第三者に委ねる
・保険請求を行わず自費扱いとする

このように、透明性と正当性の担保が強く求められます。

まとめ

今回の記事では、医師や薬剤師が自分自身や家族の診療・調剤を行う場合の規制・留意点を解説しました。

ポイントを整理すると、
・自己診療・自己調剤は法律上の明確禁止規定はないが、保険請求は認められない
・家族診療・家族調剤も、客観性や適正さの担保が極めて重要
・診療・調剤の記録を厳正に作成する必要がある
・緊急性や地域事情がない限り、第三者に委ねるべき
・特に麻薬・向精神薬・依存性薬では慎重を要する

このテーマは、医療職の自律性と公共財である医療保険の適正利用の狭間にある非常にデリケートな問題です。もし迷う場面があれば、保険者や監査機関に確認し、透明性を保った運用を心がけることが大切です。

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