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ノーベル賞と医薬品
公開. 更新. 投稿者:血液/貧血/白血病.この記事は約5分37秒で読めます.
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ノーベル賞と医薬品─人類の健康を支えた発見の軌跡

私たちが日々使う医薬品には、長い研究の積み重ねが凝縮されています。その中でもとりわけ大きな転換点となった発見や技術に対して贈られるのが、スウェーデン王立科学アカデミーが授与するノーベル賞です。
今回は、医薬品と直接結びついたノーベル賞の受賞例を中心に、その歴史と影響を振り返ります。
ノーベル賞とは?
ノーベル賞は、ダイナマイトを発明したアルフレッド・ノーベルの遺言をもとに1901年から授与が始まりました。創設時は
・生理学・医学賞
・化学賞
・物理学賞
・文学賞
・平和賞
があり、1969年に経済学賞が加わりました。
医薬品分野に最も関連するのは生理学・医学賞と化学賞です。
新薬の発見だけでなく、その薬を生むための基礎研究や合成技術も対象になり、創薬の歴史に多大な影響を与えてきました。
医薬品を生んだノーベル賞受賞の代表例
以下に、実際に治療薬の開発と密接に関わる主要な受賞例を年代順にご紹介します。
●インスリンの発見(1921年)
20世紀初頭、糖尿病は致命的疾患でした。
1921年、カナダのフレデリック・バンティングとチャールズ・ベストが犬の膵臓からインスリンを抽出し、血糖降下作用を確認。
この業績は人類史上初めて糖尿病を「治療可能な病気」に変えました。
1923年ノーベル生理学・医学賞は、バンティングと共同研究を指揮したマクラウドに授与されました(ベストは受賞を逃しましたが、バンティングは賞金を折半しています)。
●サルファ剤の開発(1939年)
サルファ剤は抗菌薬の歴史を開いた先駆的な薬です。
ドイツのゲルハルト・ドーマクは赤色染料プロントジルが体内で代謝されると、スルファニルアミドが生じ、それが強い抗菌作用を持つことを発見しました。
これにより細菌感染症の治療が大きく進歩し、1939年ノーベル生理学・医学賞を受賞。
抗菌薬の先駆けとしてペニシリンの登場を先取りする重要な転換点となりました。
●ペニシリンの発見(1945年)
1928年、アレクサンダー・フレミングが偶然、ブドウ球菌の培養皿に生えた青カビが細菌の発育を抑えているのを見つけました。
この物質こそペニシリンです。
その後、ハワード・フローリーとエルンスト・チェインが大量生産法を確立し、第二次世界大戦中の感染症治療を一変させました。
この画期的な成果により、1945年のノーベル生理学・医学賞は3人の研究者に授与されました。
●結核治療薬ストレプトマイシンの発見(1952年)
結核は当時、世界最大の感染症死因でした。
米国のセルトマン・ワクスマンは放線菌から抗生物質を抽出する研究を進め、ストレプトマイシンを発見。
これはペニシリンが効かない結核菌に対する初の有効薬でした。
1952年ノーベル生理学・医学賞は、この画期的な業績を称えてワクスマンに授与されました。
●抗ヒスタミン薬の発見(1957年)
アレルギー治療の基礎を築いたのが、抗ヒスタミン薬の発見です。
フランスのダニエル・ボベットはヒスタミンが生体内でアレルギー反応を引き起こすことを明らかにし、それを抑制する化合物を開発しました。
現在の抗アレルギー薬・H1ブロッカーの原点となる研究として、1957年ノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
●H2ブロッカーの開発(1988年)
胃酸過多による潰瘍治療は、かつては外科手術が主体でした。
英国のジェイムズ・ブラックは胃酸分泌を抑制するH2受容体遮断薬シメチジン(タガメット)を開発し、薬物療法による潰瘍治療を可能にしました。
1988年ノーベル生理学・医学賞は、この革新的な治療法をもたらしたブラックに贈られました。
●抗ウイルス薬アシクロビルの開発(1988年)
ヘルペスウイルス感染症の治療薬アシクロビルの開発にも、ノーベル賞に輝いた研究が貢献しています。
ジョージ・ヒッチングスとガートルード・エリオンは核酸代謝を標的にする抗ウイルス・抗腫瘍薬の研究を行い、アシクロビル、6-メルカプトプリンなど多数の薬剤を生み出しました。
その業績により1988年、ブラックとともにノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
●クロスカップリング反応(2010年)
多くの医薬品合成に必要不可欠な技術がクロスカップリング反応です。
有機化学分野で革新的手法を確立したのが鈴木章(鈴木カップリング)と根岸英一、ヘッケの3名。
この技術はARB(ニューロタン、ディオバン)などの合成にも使われています。
2010年ノーベル化学賞は、この汎用性の高い合成法を確立した功績を称え授与されました。
●イベルメクチン(ストロメクトール)の開発(2015年)
日本の大村智博士は放線菌からイベルメクチンを発見し、熱帯地方のオンコセルカ症(河川盲目症)やフィラリア症などの寄生虫感染症の撲滅に大きく貢献しました。
現在でもイベルメクチン(ストロメクトール)はWHO必須医薬品に指定されています。
2015年ノーベル生理学・医学賞は、この人類への恩恵を称え大村博士に授与されました。
ノーベル賞と医薬品の社会的影響
これらの受賞は単なる学術的栄誉にとどまらず、社会全体の医療の姿を変えました。
・感染症治療の革命:ペニシリン、ストレプトマイシン、サルファ剤など
・慢性疾患治療の標準化:インスリン、H2ブロッカー
・抗ウイルス・抗寄生虫薬の普及:アシクロビル、イベルメクチン
・合成技術の進歩:クロスカップリング反応
こうした革新は患者の命を救うだけでなく、社会の発展、製薬産業の成長、医療コストの削減にも寄与しています。
日本から世界へ─日本人研究者の貢献
日本人研究者の業績も創薬の歴史に大きな足跡を残しています。
・大村智:イベルメクチン
・鈴木章:クロスカップリング反応
日本の科学が世界に認められたこれらの受賞は、後進の研究者を勇気づける象徴的な出来事でした。
おわりに
ノーベル賞は「人類の健康への貢献」を評価する最高の舞台の一つです。
その受賞の背景には、長い年月と無数の挑戦が積み重なっています。
私たち医療従事者が日々用いる薬の一つ一つも、その歴史の延長線上にあるものです。
これからも未知の疾患に挑む新しい医薬品が生まれ、その成果がまたノーベル賞という舞台で称えられていくでしょう。
医薬品の進歩は、人間の知恵と努力の結晶であることを改めて感じさせてくれます。