記事
アゴニストとアンタゴニストの併用は禁忌?
公開. 更新. 投稿者:高血圧.この記事は約3分23秒で読めます.
98 ビュー. カテゴリ:目次
作動薬(刺激薬)と遮断薬(拮抗薬)の併用は禁忌?

「この薬は受容体を刺激する」「あの薬は遮断する」。
作用機序が真逆の薬同士が、同じ患者に処方されたとき、私たちはどう考えるべきなのでしょうか。
たとえば、低血圧治療薬のミドドリン(メトリジン)はα₁受容体を刺激する薬です。一方、前立腺肥大症に使われるタムスロシンやシロドシンは、α₁受容体を遮断する薬です。作用が正反対である以上、「この2つを併用するとどうなるのか?」という疑問が生じるのは当然です。
α₁受容体と排尿機能の関係
まず、α₁受容体が関与する代表的な生理機能の1つが「排尿」です。
前立腺や膀胱頸部にはα₁受容体が多く分布しており、これらが交感神経刺激により収縮すると、尿道の抵抗が増して排尿が困難になります。
高齢男性に多い前立腺肥大症では、これが顕著になり排尿障害の原因となります。
そのため、前立腺肥大症に対しては、
α₁遮断薬(例:タムスロシン、シロドシン、ナフトピジル)
→ 平滑筋を弛緩させ、尿流を改善させる
という治療戦略が基本となります。
逆に作用するα₁刺激薬:ミドドリンのケース
では、α₁受容体を刺激する薬はどうでしょうか?
代表的なものが、ミドドリン塩酸塩(商品名:メトリジン)です。
これは末梢血管のα₁受容体を刺激することで血管を収縮させ、血圧を上昇させる薬で、起立性低血圧などの治療に使われます。
ところが、メトリジンの添付文書には以下の記載があります。
【慎重投与】
前立腺肥大に伴う排尿困難のある患者[本剤が膀胱頸部のα受容体に作用するため、排尿困難を悪化させるおそれがある。]
つまり、薬理的には前立腺肥大症を悪化させるリスクがあるとされているのです。
なぜ「慎重投与」であって「禁忌」ではないのか?
ここが本記事の核心です。
同じ受容体に作用するにもかかわらず、なぜ「禁忌」ではなく「慎重投与」なのか?
● 考えられる理由①:薬物動態の問題
メトリジンの添付文書によれば、
・未変化体の血中濃度は投与1時間でピーク、4時間以降は検出限界以下
・活性本体(脱グリシン体)の濃度は1.5〜2時間でピーク、半減期約2時間
つまり、薬効の持続時間が短いため、排尿困難があっても一時的である可能性が高いと考えられます。
● 考えられる理由②:副作用頻度が低い
実際、メトリジンの添付文書中の副作用欄には「排尿困難」は頻度不明・まれであり、報告自体が少ないことも関係していると推測されます。
薬理的にみれば「拮抗」関係
メトリジン(α₁刺激)と、ハルナール(α₁遮断)は薬理的に真逆です。
たとえば、同じ患者に両方処方した場合、次のようなことが起こる可能性があります。
シナリオと予想される作用
・低血圧治療のためメトリジンを使う:血圧は上がるが、排尿障害が悪化するかも
・排尿障害改善のためハルナールを使う:尿は出るが、血圧低下が起こるかも
・両者を併用:お互いの効果を打ち消し合い、中途半端な反応になる可能性
つまり、
「禁忌」とまではされていなくても、作用機序から考えると“併用非推奨”な組み合わせです。
他にもある?刺激薬と遮断薬の併用例
● β受容体刺激薬とβ遮断薬
サルブタモール(吸入β₂刺激薬)+プロプラノロール(非選択的β遮断薬)
→ 喘息発作が悪化する恐れあり(実質禁忌)
→ 実際、プロプラノロールの添付文書では「気管支喘息の患者には禁忌」と明記されています。
● コリン作動薬と抗コリン薬
ベサコリン(コリン作動薬)+オキシブチニン(抗コリン薬)
→ 膀胱作用が拮抗し、効果が相殺される
→ ただし添付文書上は併用禁忌ではなく「併用注意」にとどまることが多い
→ 作用が拮抗しても、「生命に直結する重大な結果が想定されない限り」、添付文書上は“禁忌”にはなりにくいのが現状です。
結論:禁忌ではなくても「薬理的に注意すべき併用」はある
・受容体に対する刺激薬と遮断薬の併用は、原則として効果が拮抗する
・添付文書上は「禁忌」ではなく「慎重投与」や「併用注意」にとどまることが多い
・併用の可否は、患者の状態や優先する治療目的によって異なる
・現場では、薬理作用を踏まえた処方監査・服薬指導が重要
薬剤師としての視点を持つ
添付文書に「禁忌」と書かれていないからといって、すべての併用が安全とは限りません。
一方で、「刺激薬と遮断薬の併用=即NG」と短絡的に判断するのも早計です。
重要なのは、薬理学的な作用を理解し、個々の患者の背景や使用目的を把握した上で判断すること。
添付文書と現場の感覚をすり合わせる――これこそが、薬剤師の真価が問われる場面かもしれません。