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胃を全摘しているのに胃薬?PPIやH₂ブロッカーが処方される理由
公開. 更新. 投稿者: 15,037 ビュー. カテゴリ:消化性潰瘍/逆流性食道炎.この記事は約6分2秒で読めます.
胃を全摘しているのに胃薬?

薬局で調剤していると、時々こういう処方に出会うことがあります。
「胃を全摘しているのに、PPI(プロトンポンプ阻害薬)やH₂ブロッカーが処方されている。」
たとえば、
「ランソプラゾールOD錠」や「ファモチジン錠」が、胃全摘術後の患者に長期処方されているケース。
「胃がないのに胃酸を抑える薬?」と違和感を覚える薬剤師も多いのではないでしょうか。
実際、服薬指導で「胃酸を抑える薬です」と説明してしまうと、患者から
「でも、私、胃ないんですよ」
とツッコまれることもしばしばです。
では、なぜ胃全摘後の患者に、胃酸分泌抑制薬が処方されるのでしょうか?
その意外と合理的な医学的理由を、消化管の構造変化と臨床的背景から詳しく勉強していきます。
胃全摘後に「胃酸」は分泌される?
「胃全摘後なのにPPIやH₂ブロッカーが処方されている。胃がないのに胃酸を抑える必要があるのだろうか?」
この疑問を持つ薬剤師もいるでしょう。
まず押さえておきたいのは、胃全摘術では基本的に胃が切除されるため、通常の胃酸分泌は失われるということです。
胃酸を分泌する壁細胞は胃粘膜に存在します。したがって、胃全摘後に「残った胃から胃酸が普通に分泌され続ける」と考えるのは適切ではありません。
また、十二指腸などでは粘膜障害に伴って「胃上皮化生(gastric metaplasia)」がみられることがありますが、これは胃そのものが再生するという意味ではありません。
胃型の上皮へ変化する現象であり、
「胃上皮化生が起こる → 壁細胞ができる → 胃酸が分泌される → だからPPIが必要になる」
と説明する根拠にはなりません。
したがって、胃全摘後にPPIやH₂ブロッカーが処方されていたとしても、「わずかに残った胃や胃上皮化生から分泌される胃酸を抑えている」と単純に考えない方がよいでしょう。
むしろ重要なのは、患者が本当に「胃全摘」なのか、どのような術式・再建法が行われているのか、PPIやH₂ブロッカーがいつから、どのような目的で処方されているのかを確認することです。
「胃切除後」と「胃全摘後」も区別する必要があります。
胃の一部が残っている胃切除術であれば、残胃から胃酸が分泌されるため、酸分泌抑制薬を使用することには十分な理由があります。
一方、本当に胃が全摘されている患者では、PPIやH₂ブロッカーの処方理由を「胃酸を抑えるため」と決めつけず、処方目的を改めて確認することが重要です。
薬歴に「胃がん術後」などと書かれているだけでは、胃全摘なのか部分切除なのか分からないこともあります。
胃がないのにPPIが処方されている――。
そんな処方を見たときには、まず「本当に胃全摘なのか?」「このPPIは何を目的に処方されているのか?」という視点を持つことが、処方監査の第一歩になります。
吻合部は脆弱で潰瘍ができやすい
胃を切除して、食道や腸をつなぐ吻合部は、構造的にも血流的にも弱点になりやすい部位です。
この部分にできる潰瘍を「マージナル潰瘍(吻合部潰瘍)」と呼びます。
吻合部は、胃酸だけでなく胆汁や膵液などの刺激でも容易に障害されます。
この潰瘍の予防・治療に、PPIやH₂ブロッカーがしばしば用いられます。
・吻合部潰瘍の再発率を下げる効果がある
・痛みや出血、狭窄などの合併症を防ぐ目的で投与される
・特にNSAIDsやステロイドを併用している患者では必須に近い
H₂ブロッカーは「潰瘍抑制薬」としての役割を担っています。
逆流性食道炎の予防・治療
胃を全摘すると、食道の下端(下部食道括約筋)と胃の連続性が失われます。
これにより、食道への逆流を防ぐ“弁”の構造がなくなり、胆汁や膵液が食道へ逆流します。
これを「胆汁逆流性食道炎」と呼びます。
胃酸が原因ではないが、酸抑制薬が効くこともある
逆流の主成分は胃酸ではなく胆汁や膵液ですが、
PPIやH₂ブロッカーによって食道粘膜のpH環境が安定化し、症状が軽減することがあります。
一部報告では、PPI投与により胆汁逆流性食道炎の症状が改善した例もあり、
機序は完全には解明されていないものの、「抗酸薬による防御因子強化」が関与していると考えられています。
➡目的:食道粘膜保護・胆汁逆流の症状軽減
残胃・異所性胃粘膜の酸分泌抑制
手術の際、わずかでも胃粘膜が残っている場合には、そこから酸分泌が起こります。
さらに、食道や腸の粘膜に「胃粘膜化生」が生じると、その部位でも酸が産生されることがあります。
これらが吻合部や食道に潰瘍をつくるリスク因子になるため、
PPIやH₂ブロッカーで酸を抑えることに臨床的意義があります。
「幽門部や噴門部が残存している患者で壁細胞があれば、
胃酸が分泌されているので酸分泌抑制薬の使用に意味がある」
まさにその通りです。
胃酸がなくても「消化酵素のため」に意味がある
胃酸は食物を溶かすだけでなく、消化酵素の働きを最適化する役割もあります。
胃酸が失われると、上部腸管のpHがアルカリ性に傾き、膵酵素(リパーゼ、アミラーゼなど)の活性が低下します。
このため、消化酵素製剤(パンクレアチン、パンクレリパーゼなど)を併用することが多いのですが、
同時にPPIやH₂ブロッカーを投与して、腸内pHを安定化させることで酵素活性を保ちやすくする意図もあります。
➡目的:消化吸収補助・膵酵素の働きを支える
胆汁・膵液逆流による炎症に対して
胃全摘後の逆流性食道炎では、主因は「胃酸」ではなく胆汁・膵液です。
それにもかかわらず、PPIやH₂ブロッカーが処方されることがあります。
一見矛盾するようですが、
PPIには抗炎症作用・抗酸化作用などがあり、
胆汁逆流に伴う粘膜障害を軽減する報告があります。
また、膵液・胆汁の分泌を抑制する目的で「フオイパン(カモスタット)」が併用されることもあります。
胆汁逆流による強い胸やけには、フオイパン+PPIの併用が有効だったという報告も見られます。
「胃がないのに胃薬」という誤解
服薬指導時に「胃酸を抑える薬です」と説明してしまうと、患者は必ず疑問を持ちます。
このような場合には、次のように伝えるとよいでしょう。
「胃はありませんが、手術のあとにつないだ腸や食道が炎症を起こさないように、
あるいは潰瘍ができないようにお薬で保護しています。」
または、
「胃酸を抑える薬というより、消化管を守る薬というイメージです。」
この説明なら、患者さんも納得しやすくなります。
胃全摘後に起こりやすい消化管トラブル
合併症と対応薬
・逆流性食道炎:胆汁・膵液の逆流➡PPI、H₂ブロッカー、フオイパン
・吻合部潰瘍:胃酸・胆汁・局所虚血➡PPI、H₂ブロッカー
・ダンピング症候群:食後の急激な血糖変動➡食事指導・αGIなど
・消化吸収障害:酵素活性低下➡消化酵素製剤、PPI併用
・貧血:鉄・ビタミンB₁₂吸収不良➡補充療法
PPIとH₂ブロッカー、どちらを選ぶ?
・急性期・潰瘍予防にはPPIが主流(酸抑制が強く、長時間作用)
・長期維持・軽症例にはH₂ブロッカー(安全性が高い)
・胆汁逆流型では、フオイパン+PPI併用が検討されることもあります。
術後年数が経つにつれ、PPI → H₂ブロッカー → 制酸剤 へとステップダウンしていくケースもあります。
まとめ
処方理由
・残胃・異所性胃粘膜からの酸分泌:壁細胞が残れば酸が出るため抑制する
・吻合部潰瘍の予防:潰瘍ができやすい部位を守る
・胆汁逆流性食道炎の予防:胆汁・膵液逆流で起こる炎症を抑制
・酵素製剤との併用:腸内pHを安定化して酵素を守る
・NSAIDs併用時:消化管潰瘍の予防
「胃がないのに胃薬?」という疑問には、
「胃酸を抑える薬というより、消化管を保護する薬」
というのが正確な答えです。
胃全摘術後は、消化管の構造やpH環境が大きく変わり、
食道や吻合部が新たな“弱点”になります。
PPIやH₂ブロッカーは、その弱点を守るために欠かせない薬なのです。
そしてもう一つ、薬剤師として大切なのは、
患者が“なぜ自分にこの薬が出ているのか”を理解できるように説明すること。
「胃がないから関係ない薬」と誤解されないよう、
服薬指導の言葉選びにも注意が必要です。




3 件のコメント
病院薬剤師です。胃全摘後の患者にPPIは意味があるか調べている中で、yakuzaicさんの記事を拝見しました。「術後の再建過程で、十二指腸や空腸に胃粘膜化生(胃のような上皮が再生する現象)が生じることがあります。この異所性粘膜にも壁細胞が出現し、胃酸を分泌することが報告されています。」との記載について気になったので文献を探してみたのですが見つけられませんでした。出典や根拠となる文献を教えていただけますでしょうか?
コメントありがとうございます。
文献については、https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10383712/のようです。
ただ、胃酸を分泌するということが報告されているわけではないようで、誤った情報であったため該当箇所修正いたしました。ご迷惑おかけいたしました。
迅速な回答ありがとうございます。