2025年11月22日更新.2,667記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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胃を全摘しているのに胃薬?PPIやH₂ブロッカーが処方される理由

胃を全摘しているのに胃薬?

薬局で調剤していると、時々こういう処方に出会うことがあります。

「胃を全摘しているのに、PPI(プロトンポンプ阻害薬)やH₂ブロッカーが処方されている。」

たとえば、
「ランソプラゾールOD錠」や「ファモチジン錠」が、胃全摘術後の患者に長期処方されているケース。
「胃がないのに胃酸を抑える薬?」と違和感を覚える薬剤師も多いのではないでしょうか。

実際、服薬指導で「胃酸を抑える薬です」と説明してしまうと、患者から

「でも、私、胃ないんですよ」
とツッコまれることもしばしばです。

では、なぜ胃全摘後の患者に、胃酸分泌抑制薬が処方されるのでしょうか?
その意外と合理的な医学的理由を、消化管の構造変化と臨床的背景から詳しく勉強していきます。

胃全摘といっても「胃がゼロ」になるわけではない?

「胃全摘」というと、文字通り「胃をすべて取る」手術を想像しますが、実際には個人差があります。

① 幽門部・噴門部が一部残る場合がある
胃全摘術といっても、吻合の都合上、ごく一部の胃粘膜(特に噴門側)を残すことがあります。
残存粘膜に「壁細胞(胃酸を分泌する細胞)」が残っていれば、少量でも胃酸は分泌され続けます。
このわずかな酸でも、術後の吻合部や食道に炎症・潰瘍を引き起こす可能性があります。

② 十二指腸や空腸に「胃の化生」が起こることがある
術後の再建過程で、十二指腸や空腸に胃粘膜化生(胃のような上皮が再生する現象)が生じることがあります。
この異所性粘膜にも壁細胞が出現し、胃酸を分泌することが報告されています。
つまり「胃がないのに胃酸が出る」状態になることがあるのです。

したがって、「胃全摘後でも胃酸を抑える意味がある」という状況は珍しくありません。

吻合部は脆弱で潰瘍ができやすい

胃を切除して、食道や腸をつなぐ吻合部は、構造的にも血流的にも弱点になりやすい部位です。
この部分にできる潰瘍を「マージナル潰瘍(吻合部潰瘍)」と呼びます。

吻合部は、胃酸だけでなく胆汁や膵液などの刺激でも容易に障害されます。
この潰瘍の予防・治療に、PPIやH₂ブロッカーがしばしば用いられます。

・吻合部潰瘍の再発率を下げる効果がある
・痛みや出血、狭窄などの合併症を防ぐ目的で投与される
・特にNSAIDsやステロイドを併用している患者では必須に近い

H₂ブロッカーは「潰瘍抑制薬」としての役割を担っています。

逆流性食道炎の予防・治療

胃を全摘すると、食道の下端(下部食道括約筋)と胃の連続性が失われます。
これにより、食道への逆流を防ぐ“弁”の構造がなくなり、胆汁や膵液が食道へ逆流します。
これを「胆汁逆流性食道炎」と呼びます。

胃酸が原因ではないが、酸抑制薬が効くこともある
逆流の主成分は胃酸ではなく胆汁や膵液ですが、
PPIやH₂ブロッカーによって食道粘膜のpH環境が安定化し、症状が軽減することがあります。

一部報告では、PPI投与により胆汁逆流性食道炎の症状が改善した例もあり、
機序は完全には解明されていないものの、「抗酸薬による防御因子強化」が関与していると考えられています。

➡目的:食道粘膜保護・胆汁逆流の症状軽減

残胃・異所性胃粘膜の酸分泌抑制

手術の際、わずかでも胃粘膜が残っている場合には、そこから酸分泌が起こります。
さらに、食道や腸の粘膜に「胃粘膜化生」が生じると、その部位でも酸が産生されることがあります。

これらが吻合部や食道に潰瘍をつくるリスク因子になるため、
PPIやH₂ブロッカーで酸を抑えることに臨床的意義があります。

「幽門部や噴門部が残存している患者で壁細胞があれば、
胃酸が分泌されているので酸分泌抑制薬の使用に意味がある」

まさにその通りです。

胃酸がなくても「消化酵素のため」に意味がある

胃酸は食物を溶かすだけでなく、消化酵素の働きを最適化する役割もあります。
胃酸が失われると、上部腸管のpHがアルカリ性に傾き、膵酵素(リパーゼ、アミラーゼなど)の活性が低下します。

このため、消化酵素製剤(パンクレアチン、パンクレリパーゼなど)を併用することが多いのですが、
同時にPPIやH₂ブロッカーを投与して、腸内pHを安定化させることで酵素活性を保ちやすくする意図もあります。

➡目的:消化吸収補助・膵酵素の働きを支える

胆汁・膵液逆流による炎症に対して

胃全摘後の逆流性食道炎では、主因は「胃酸」ではなく胆汁・膵液です。
それにもかかわらず、PPIやH₂ブロッカーが処方されることがあります。

一見矛盾するようですが、
PPIには抗炎症作用・抗酸化作用などがあり、
胆汁逆流に伴う粘膜障害を軽減する報告があります。

また、膵液・胆汁の分泌を抑制する目的で「フオイパン(カモスタット)」が併用されることもあります。
胆汁逆流による強い胸やけには、フオイパン+PPIの併用が有効だったという報告も見られます。

「胃がないのに胃薬」という誤解

服薬指導時に「胃酸を抑える薬です」と説明してしまうと、患者は必ず疑問を持ちます。
このような場合には、次のように伝えるとよいでしょう。

「胃はありませんが、手術のあとにつないだ腸や食道が炎症を起こさないように、
あるいは潰瘍ができないようにお薬で保護しています。」

または、

「胃酸を抑える薬というより、消化管を守る薬というイメージです。」

この説明なら、患者さんも納得しやすくなります。

胃全摘後に起こりやすい消化管トラブル

合併症と対応薬
・逆流性食道炎:胆汁・膵液の逆流➡PPI、H₂ブロッカー、フオイパン
・吻合部潰瘍:胃酸・胆汁・局所虚血➡PPI、H₂ブロッカー
・ダンピング症候群:食後の急激な血糖変動➡食事指導・αGIなど
・消化吸収障害:酵素活性低下➡消化酵素製剤、PPI併用
・貧血:鉄・ビタミンB₁₂吸収不良➡補充療法

PPIとH₂ブロッカー、どちらを選ぶ?
・急性期・潰瘍予防にはPPIが主流(酸抑制が強く、長時間作用)
・長期維持・軽症例にはH₂ブロッカー(安全性が高い)
・胆汁逆流型では、フオイパン+PPI併用が検討されることもあります。
術後年数が経つにつれ、PPI → H₂ブロッカー → 制酸剤 へとステップダウンしていくケースもあります。

まとめ

処方理由
・残胃・異所性胃粘膜からの酸分泌:壁細胞が残れば酸が出るため抑制する
・吻合部潰瘍の予防:潰瘍ができやすい部位を守る
・胆汁逆流性食道炎の予防:胆汁・膵液逆流で起こる炎症を抑制
・酵素製剤との併用:腸内pHを安定化して酵素を守る
・NSAIDs併用時:消化管潰瘍の予防

「胃がないのに胃薬?」という疑問には、

「胃酸を抑える薬というより、消化管を保護する薬」
というのが正確な答えです。

胃全摘術後は、消化管の構造やpH環境が大きく変わり、
食道や吻合部が新たな“弱点”になります。
PPIやH₂ブロッカーは、その弱点を守るために欠かせない薬なのです。

そしてもう一つ、薬剤師として大切なのは、
患者が“なぜ自分にこの薬が出ているのか”を理解できるように説明すること。
「胃がないから関係ない薬」と誤解されないよう、
服薬指導の言葉選びにも注意が必要です。

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