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ピロリ菌は胃酸で死なない?胃酸に強い菌
公開. 更新. 投稿者:消化性潰瘍/逆流性食道炎.この記事は約6分32秒で読めます.
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ピロリ菌は胃酸で死なない?─胃酸に強い菌とその生き残り戦略

私たちの胃の中は、pH1〜2という非常に強力な酸性環境に保たれており、食べ物と一緒に入ってくる多くの病原体はこの胃酸によって死滅します。しかし、その過酷な環境の中で、しぶとく生き残り、むしろ胃の中を住処として悪さをする細菌がいます。代表格がヘリコバクター・ピロリ菌(H. pylori)です。
ピロリ菌とは?
ピロリ菌は、らせん状の形をしたグラム陰性の細菌で、胃の粘膜層に住み着きます。胃潰瘍患者の65~80%、十二指腸潰瘍では90%以上の患者でピロリ菌の感染が確認されています。
ピロリ菌を除菌することで、潰瘍の治癒や再発率の低下が認められ、現在では消化性潰瘍の主要な原因のひとつとして扱われています。
ただし、ピロリ菌に感染していても全ての人に潰瘍ができるわけではなく、発症するのは感染者の約20%以下とされています。他にも、ストレスやNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)なども潰瘍の原因となり得ます。
ピロリ菌はなぜ胃酸で死なない?
胃酸は強力な殺菌力を持つ塩酸(HCl)であり、多くの細菌は数分以内に死滅します。それにもかかわらず、ピロリ菌は胃の中で生き残るばかりか、長期間定着し炎症や潰瘍、さらには胃がんの原因にもなり得ます。
その理由は、ピロリ菌が自ら胃酸を中和する仕組みを持っているからです。
● ウレアーゼ酵素による防御:
ピロリ菌は「ウレアーゼ」という酵素を産生し、胃の粘液層に存在する尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解します。このとき発生するアンモニアが胃酸を局所的に中和し、ピロリ菌の周囲を酸から守るバリアを形成します。
● 胃粘膜の中に潜む:
ピロリ菌は胃粘膜上皮の粘液層に深く入り込み、物理的に胃酸から逃れるようにして生息します。強酸の海の中で、安全な“巣”を作っているのです。
ピロリ菌の感染経路は?
主な感染経路は経口感染です。汚染された水、食べ物、あるいは吐瀉物・糞便から、乳幼児期の免疫機能や胃粘膜が未発達な時期に感染するとされています。日本では、上下水道が整備される前の世代(40代以降)に感染率が高く、若年層では低下しています。
ピロリ菌の検査方法:呼気検査が有名
ピロリ菌の代表的な検査法が「尿素呼気試験(UBT)」です。尿素を服用した後、15〜20分後の呼気を集め、呼気中の二酸化炭素の割合を測定します。
ピロリ菌が存在すれば、ウレアーゼによって尿素が分解され、多くの二酸化炭素が発生します。これを測定することで、体内にピロリ菌が存在するかどうかを推定できます。
ピロリ菌除菌を助ける成分:ラクトフェリンの効果
最近では、除菌療法にラクトフェリンを併用することで、除菌率が高まり、副作用(特に下痢)も軽減されるという報告があります。ラクトフェリンは胃で分解されると「ラクトフェリシン」という成分になり、これがピロリ菌に対する直接的な殺菌作用を発揮すると考えられています。
注意すべき点は、ラクトフェリンは腸溶性(腸で吸収されるタイプ)ではなく、胃で溶けるタイプを選ぶ必要があるということです。森永乳業の製品などが該当します。
胃酸に強い乳酸菌の例:LG21株
乳酸菌の多くは胃酸に弱く、腸に届く前に死滅してしまうことがほとんどです。しかし、その中で胃酸に耐える性質を持つ菌株もあります。
その代表がLG21株(Lactobacillus gasseri OLL2716)です。
● LG21とは?
・明治プロビオヨーグルトLG21に含まれる菌株。
・胃酸に対して強く、胃粘膜に付着してピロリ菌の活動を抑制する能力があります。
・常用量ではピロリ菌の「除菌」までは至らないが、「菌数の減少」には有効。
● 注意点
除菌判定(検査)を受ける前にLG21などのヨーグルトを摂取していると、誤って陰性になる可能性があるため、医師に相談が必要です。
胃酸に強いその他の菌種
胃酸は本来、体内に入ってくる細菌やウイルスを撃退する強力なバリアです。しかしその強酸性の中でも、生き延びる力を持つ菌が存在します。これらの菌の中には、整腸作用などで健康に役立つ善玉菌もあれば、食中毒や感染症の原因となる悪玉菌も含まれています。
特に「芽胞(がほう)」を形成する菌は、強酸・高熱・乾燥などに対して非常に高い耐性を持ち、胃酸をくぐり抜けて腸へ到達できることが知られています。
以下に、胃酸に強い菌種の代表例を紹介します。
・ピロリ菌(Helicobacter pylori):胃酸を中和するウレアーゼを産生。胃炎・潰瘍・胃がんの原因。
・LG21乳酸菌(Lactobacillus gasseri OLL2716株):胃酸に強く、ピロリ菌抑制作用があるプロバイオティクス。
・ミヤBM菌(Clostridium butyricum):芽胞形成菌。整腸薬に使用。短鎖脂肪酸を産生。
・納豆菌(Bacillus subtilis):芽胞形成菌で、整腸作用や免疫調整効果あり。
・バチルス・コアグランス(Bacillus coagulans):芽胞形成+乳酸菌の性質。整腸効果。サプリにも使用。
・サッカロマイセス酵母(Saccharomyces boulardii):酸と抗菌薬に強い酵母。感染性下痢や抗菌薬関連下痢の予防に有用。
・ラクトバチルス・アシドフィルス(Lactobacillus acidophilus):胃酸に比較的強く、整腸作用がある。プロバイオティクス。
・ラクトバチルス・ラムノーサスGG株(Lactobacillus rhamnosus GG):胃酸・胆汁にも耐性。感染予防効果も報告あり。
・ビフィドバクテリウム・ロンガム(Bifidobacterium longum):酸にはやや弱いが、プレバイオティクス併用で定着率向上。
・クロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile):偽膜性大腸炎の原因。芽胞で酸・環境耐性。抗菌薬使用後に増殖。
・バチルス・セレウス Bacillus cereus :食中毒菌(嘔吐・下痢型)。芽胞形成により耐酸性・耐熱性あり。
・クロストリジウム・パーフリンゲンス(Clostridium perfringens):食中毒・ガス壊疽の原因菌。芽胞で酸と熱に耐性。
・エンテロコッカス・フェカリス(Enterococcus faecalis):腸内常在菌だが、感染症(尿路・心内膜炎)の原因にもなる。酸・塩に強い。
・結核菌 Mycobacterium tuberculosis :飲み込み感染で腸結核の原因に。比較的酸に耐性。
胃酸分泌が低下している状態(高齢者やPPIなど制酸薬の長期使用者)では、本来胃酸で抑えられるはずの病原菌が腸に届きやすくなります。たとえば、芽胞を持つクロストリジウム属やバチルス属の菌は、強酸をものともせず腸内で増殖し、感染症の引き金となることがあります。
一方で、胃酸に強い善玉菌(プロバイオティクス)は、生きたまま腸まで届きやすいため、整腸薬やサプリメントとして応用されています。これらの菌は腸内フローラのバランスを整え、免疫力を高める働きが期待されます。
まとめ
ピロリ菌は、一般の細菌では到底生きられない強酸の中でも、ウレアーゼと粘液層のバリアによって生き残る「酸耐性の王者」といえます。胃の疾患予防のためには、適切な時期に検査・除菌を行うことが重要です。
一方で、LG21のように胃酸に耐える乳酸菌や、ラクトフェリンのように除菌を補助する成分も注目されており、今後のピロリ菌対策は「薬だけでなく、菌や栄養素を使った多角的なアプローチ」が主流になるかもしれません。
胃酸は強力な防御手段ですが、それをかいくぐる菌たちの“生存戦略”にも学ぶべきことが多いのです。