2025年6月27日更新.2,504記事.

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ニコチンは体に悪い?

ニコチンは体に悪い?

ニコチンという言葉を聞くと、多くの人は「たばこ=有害」と反射的に思い浮かべるかもしれません。しかし、ニコチンといっても「ニコチン酸(ナイアシン)」はビタミンB群の一種であり、健康に必要な成分です。一方で、喫煙によって摂取されるニコチンには中毒性や身体への様々な作用があり、単純に「良い・悪い」とは言い切れない複雑な性質を持ちます。本記事では、ニコチンの薬理作用、身体への影響、中毒性、そして喫煙による健康リスクについて詳しく掘り下げます。

ニコチンの作用:交感神経刺激と消化器への影響

ニコチンは主に交感神経節や副腎髄質に作用し、カテコールアミン(アドレナリンやノルアドレナリン)の分泌を促進します。これにより以下のような生理的変化が起こります:
・血管収縮による血圧上昇
・心拍数増加(心悸亢進)
・血小板凝集の亢進による血栓形成リスク増加
特に心臓疾患のある人にとっては、これらの作用が症状を悪化させる危険因子となり得ます。

また、消化器系にも影響を与えます。
・胃・十二指腸粘膜の血流を低下させ、防御機構が弱まる
・胃酸分泌の亢進
・膵臓の重炭酸分泌抑制による胃酸中和作用の低下
これにより、喫煙者は胃潰瘍や十二指腸潰瘍のリスクが高まるとされます。

ニコチンパッチの副作用:頭痛と吐き気

禁煙補助薬として使用されるニコチンパッチ(例:ニコチネルTTS)もニコチンを含んでおり、使用者によっては副作用が出ることがあります。

【頭痛】
ニコチンは血管収縮作用があるため、拡張型頭痛を抑えるように思われがちですが、ニコチン摂取の急減(禁煙やパッチへの切り替え)によって血管が反動的に拡張し、頭痛を引き起こすことがあります。

【吐き気】
ニコチンは延髄の嘔吐化学受容器引金帯や、迷走神経などの末梢刺激によって嘔吐中枢を活性化します。これはニコチンの中枢作用および末梢作用によるもので、ニコチンの摂取量がその人の耐容量を超えると吐き気・嘔吐が生じます。

ニコチン依存症:ドパミンと快感の罠

ニコチンの依存性は非常に高く、禁煙を困難にしている大きな要因です。

ニコチンは脳内でニコチン性アセチルコリン受容体に結合し、ドパミン作動神経を刺激してドパミンの放出を促進します。ドパミンは快感や報酬に関わる神経伝達物質であり、喫煙によって一時的な高揚感や満足感が得られます。

しかし、ドパミンの過剰放出が繰り返されると、受容体の数が減少(ダウンレギュレーション)し、通常の状態では快感を得られにくくなり、さらに喫煙を続けたくなるという悪循環が生まれます。これが「身体的依存」のメカニズムです。

さらに、心理的には「タバコがないと落ち着かない」「禁煙は無理だ」といった認知の歪みによる「精神的依存」も形成されます。

離脱症状は喫煙停止後1週間以内に最も強く現れ、イライラ、不眠、集中困難などが起こりますが、3週間以降は軽減され、3か月もすればほぼ消失するとされています。

タバコの本当の害:ニコチンだけではない

ニコチンには確かに中毒性や血管への影響などがあるものの、タバコの健康リスクの主役はニコチン以外の有害成分にあります。

タバコ煙は「粒子相」と「気相」に分けられ、以下のような成分を含んでいます。

【粒子相の成分】
・ニコチン
・タール(ベンツピレン、ナフチルアミンなどの発がん物質)
・ヒ素

【気相の成分】
・一酸化炭素(CO):ヘモグロビンと強く結合し、慢性の酸素欠乏状態を招く
・窒素酸化物、アンモニア、ニトロソアミン:気道刺激、発がん性など

特にタールや一酸化炭素は、肺がん、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、動脈硬化などの主要な原因となっています。つまり、ニコチンは中毒性や循環器系への影響はあるものの、がんや呼吸器疾患の「直接的な元凶」はタールや一酸化炭素です。

ニコチン酸との違い:ビタミンB3としての役割

混同しがちですが、「ニコチン酸」は「ナイアシン」とも呼ばれるビタミンB3の一種であり、栄養学的には重要な必須栄養素です。

ナイアシンは体内でエネルギー代謝を助ける酵素の補酵素として働き、欠乏するとペラグラという皮膚・消化器・神経症状を伴う疾患を引き起こします。

名前は似ていても、「ニコチン」と「ニコチン酸」は化学構造も作用も全く異なる物質です。

ニコチンの構造式

ニコチン酸の構造式

ニコチンは体に悪いのか?

ニコチンは、確かに中毒性や血管収縮作用があり、特に循環器系への影響は軽視できません。しかし、喫煙による健康リスクの中心はニコチンそのものよりも、タールや一酸化炭素などの有害成分にあります。

また、禁煙治療ではニコチンの離脱症状や依存を正しく理解し、薬物療法と心理的サポートを組み合わせることが重要です。

ニコチン=有害という単純な図式ではなく、その薬理作用や依存性、有害性を正しく理解し、喫煙の害を減らすための第一歩として禁煙を支援する視点が求められます。

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