記事
乳がん手術した患者は血圧計を使えない?リンパ浮腫予防の観点から
公開. 更新. 投稿者:癌/抗癌剤.この記事は約4分46秒で読めます.
105 ビュー. カテゴリ:目次
乳がん手術を受けた患者は血圧計を使えない?

乳がんの手術後、患者さんから「この腕で血圧を測ってもいいですか?」と聞かれることがあります。
特に腋窩リンパ節郭清(腋窩リンパ節切除)やセンチネルリンパ節生検を受けた患者では、医療従事者の間でも「手術側の腕での採血や血圧測定は避けるべき」という習慣が根強くあります。
しかし近年、この指導についてはエビデンスやガイドラインの見直しが進んでおり、必ずしも全員に「絶対禁止」というわけではないことが分かってきました。
乳がん手術とリンパ浮腫
乳がんの外科治療では、原発巣の切除とともにリンパ節の評価が行われます。
代表的な術式は以下の2つです。
腋窩リンパ節郭清(ALND)
腋窩の複数のリンパ節を切除する方法。転移の有無を確認し、局所制御を目的とする。
センチネルリンパ節生検(SLNB)
最初に流入するリンパ節(センチネルリンパ節)を同定・切除し、転移がなければ追加郭清を省略。
これらの手術では、リンパ流の経路が一部遮断されるため、リンパ液の流れが滞り、上肢がむくむ「リンパ浮腫」が発症することがあります。
リンパ浮腫のリスクと血圧測定の関係
従来は、以下のような行為が手術側の上肢でのリンパ浮腫発症リスクを高めると考えられてきました。
・採血・点滴
・皮下注射・筋肉注射
・外傷や虫刺され
・血圧測定(カフによる圧迫)
血圧測定時に腕を締め付けることで、一時的にリンパ液の流れが妨げられ、炎症や浮腫のきっかけになる可能性があると考えられていたためです。
このため、看護師や医師が「手術側の腕は避けましょう」と指導するのが半ば常識となっていました。
最新エビデンスとガイドラインの変化
しかし、近年の研究では血圧測定そのものがリンパ浮腫発症を有意に増加させるという明確なエビデンスはないことが示されています。
米国臨床腫瘍学会(ASCO)や英国NHSでは、「手術側の腕での採血や血圧測定は避けることが望ましいが、やむを得ない場合には実施してもよい」とする立場をとっています。
日本乳癌学会のガイドライン(2022年版)でも、血圧測定が直接的にリンパ浮腫の原因になるという科学的根拠は乏しいと記載されています。
つまり、禁止の根拠は「予防的配慮」であり、科学的な因果関係は不明確というのが現状です。
なぜ「避けた方がよい」という慣習が残るのか
科学的根拠が薄れてきているにもかかわらず、今も多くの医療現場で「手術側の腕では測らない」という習慣が残っている理由は次の通りです。
一度発症すると治りにくいリンパ浮腫の性質
リンパ浮腫は慢性的な経過をたどり、完治が難しいため、予防できることは徹底して避けたいという心理が働く。
患者への説明のしやすさ
「念のため避けましょう」という方が簡潔で、患者も納得しやすい。
多くの施設でのルール化
医療安全や看護マニュアルに「手術側では測らない」と明記されている場合が多い。
実際の臨床現場での対応例
私が調剤・服薬指導で関わった患者さんや、看護師から聞いた話では、次のような対応が一般的です。
原則として健側(反対側)で血圧測定
健側に動脈硬化やシャント、外傷などがない場合は、そちらを優先する。
健側が使えない場合の代替策
・手首で測定(リスト型血圧計)
・太腿で測定(大腿部用カフ)
・上腕で短時間・低回数の測定を行う
患者への説明
「強い圧迫や繰り返しの測定は避ける」「皮膚トラブルを防ぐ」ことを重点に説明。
術式によるリスク差
センチネルリンパ節生検(SLNB)のみを受けた場合、リンパ浮腫の発症率は1〜7%程度とされ、腋窩郭清(ALND)の15〜25%に比べて低くなります。
このため、SLNB後の患者にまで一律に「手術側禁止」を適用することは、過剰な制限となる可能性があります。
ただし、放射線照射を併用した場合やBMIが高い患者、感染既往がある患者では、発症リスクが上がるため、より慎重な対応が推奨されます。
日常生活でのリンパ浮腫予防のポイント
血圧測定だけでなく、日常生活全般でリンパ浮腫を予防するためには以下が重要です。
皮膚を清潔・保湿する
乾燥やひび割れから感染(蜂窩織炎)を起こさないようにする。
虫刺されや切り傷を避ける
園芸・料理時は手袋を着用。
重い荷物の持ちすぎに注意
術側の腕への過剰な負担を避ける。
腕の圧迫を避ける
きつい腕時計や下着の肩ひもなども長時間の圧迫は控える。
血圧測定が避けられない場合の工夫
もし手術側の腕で血圧を測る必要がある場合には、次のような配慮が有効です。
短時間で済ませる
測定回数を最小限にし、1回ごとの加圧時間を短くする。
適切なカフサイズを使用
カフが小さいと過剰な圧迫がかかりやすい。
測定後に皮膚や腕の状態を確認
赤みや腫れ、違和感があれば早めに対応する。
まとめ
・従来は乳がん手術後の手術側上肢での血圧測定は禁止とされてきた。
・最新の研究では、血圧測定が直接的にリンパ浮腫を引き起こすという強いエビデンスはない。
・それでも予防的配慮として、可能な限り健側で測定することが推奨される。
・患者の術式・リスク因子・生活状況に応じた柔軟な判断が大切。