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アクトシンは心不全にも効く? ― ブクラデシンナトリウムの作用
公開. 更新. 投稿者:褥瘡.この記事は約4分47秒で読めます.
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アクトシンは心不全にも効く? ― ブクラデシンナトリウムの作用と臨床的意義

「アクトシン」と聞くと、多くの医療者は「アクトシン軟膏」=褥瘡治療薬を思い浮かべるのではないでしょうか。 しかし、同じアクトシンという名前で「アクトシン注射用」という製剤が存在し、その効能・効果は全く異なります。
アクトシン軟膏:褥瘡・皮膚潰瘍に使用(創傷治癒促進薬)
アクトシン注射用:急性循環不全に対する心収縮力増強や代謝改善(循環作動薬)
同じ薬名でありながら「塗り薬」と「注射剤」で全く違う適応を持つ点は非常にユニークです。
アクトシン注射用(ブクラデシンナトリウム)に注目し、作用機序・心不全への効果・代謝への影響を整理するとともに、外用薬としてのアクトシンとの違いについて勉強します。
アクトシン注射用とは?
アクトシン注射用の有効成分はブクラデシンナトリウム(dibutyryl-cAMP)です。
これは細胞内セカンドメッセンジャーとして働くサイクリックAMP(cAMP)の誘導体であり、体内で直接cAMPに変化して作用します。
効能・効果(添付文書より)
・急性循環不全における心収縮力増強
・末梢血管抵抗の軽減
・インスリン分泌促進
・血漿遊離脂肪酸・無機リン低減
・利尿作用
一見すると「心臓」「血管」「代謝」「腎臓」など、さまざまな臓器に作用するように見えます。これらをつなぐキーワードがcAMPなのです。
作用機序 ― cAMPを直接増やす薬
通常、心筋や血管平滑筋のcAMP濃度は、アドレナリン受容体の刺激 → アデニル酸シクラーゼ活性化 → cAMP産生という経路を経て上昇します。
ブクラデシンナトリウムはこのステップを飛ばし、細胞膜を通過して直接cAMPに変化し、細胞内のcAMPを増加させるというユニークな特徴を持っています。
〇主な作用
心臓への作用
・心筋収縮力を増強(陽性変力作用)
・心拍出量の増加
血管への作用
・末梢血管拡張作用
・血管抵抗を軽減し、心臓への負荷を減少
代謝への作用
・肝グリコーゲン動員
・インスリン分泌促進(膵ラ氏島)
・脂肪分解抑制 → 血中遊離脂肪酸を低下
・糖取り込み促進 → エネルギー代謝改善
腎臓への作用
・利尿作用
このように、ブクラデシンは心不全の循環動態を改善しつつ、代謝面でもエネルギー効率を高めるという特徴を持ちます。
PDE阻害薬との比較
cAMPを増加させる薬として有名なのがホスホジエステラーゼ(PDE)阻害薬です。
例えば、ネオフィリン(テオフィリン)はPDE阻害によりcAMP分解を抑制し、細胞内cAMP濃度を増やします。
・ネオフィリンなどPDE阻害薬:cAMPを「壊されにくく」する薬
・ブクラデシン(アクトシン注射用):cAMPを「直接増やす」薬
同じ「cAMPを増やす」でもアプローチが異なるのが特徴です。
心不全治療における位置づけ
アクトシン注射用は「急性循環不全」における使用が適応となっています。
具体的には以下のような状況での使用が想定されます。
・急性心筋梗塞による心原性ショック
・手術後の低心拍出症候群(LOS)
・重症心不全の急性増悪
利点
・心収縮力増強と血管拡張の両方の作用を持つ
・代謝改善作用を併せ持ち、心筋エネルギー効率を高める可能性
注意点
・現代のガイドラインではβ刺激薬やPDE3阻害薬(ミルリノンなど)、カルシウム感受性増強薬(ピモベンダン)などが主流
・アクトシンの臨床使用頻度は減少傾向にある
・多彩な代謝作用は一方で副作用リスクともなり得る
したがって、現在では「第一選択」ではなく、補助的・限定的な使用にとどまるケースが多いと考えられます。
アクトシン軟膏との違い
一方で「アクトシン軟膏」は全く別の薬として使われています。
アクトシン軟膏の特徴
・有効成分:同じくブクラデシンナトリウム
・局所作用:血流改善、血管新生促進、肉芽形成促進、表皮形成促進
・適応:褥瘡、皮膚潰瘍などの創傷治療
外用ではcAMPの作用が「血流改善・組織修復促進」として働き、創傷治癒薬としての顔を持ちます。
つまり、同じ成分でも投与経路と作用部位の違いによって「循環作動薬」と「創傷治癒薬」という二面性を持つのがアクトシンという薬なのです。
cAMPの多面的な働き
アクトシンの理解を難しくしているのは、cAMPが体内で非常に多彩な役割を担っていることです。
・心筋:収縮力増強
・血管:拡張作用
・膵臓:インスリン分泌促進
・脂肪組織:脂肪分解抑制
・皮膚:血管新生、創傷治癒促進
このように、cAMPという一つの分子を介して、異なる臓器で異なる効果が発現します。
そのため、「アクトシンは何の薬なのか?」と問われると、一言で表現するのが難しいのです。
まとめ
・アクトシン注射用(ブクラデシンナトリウム)は、cAMPを直接増やす薬であり、心不全など急性循環不全で心収縮力増強・血管拡張・代謝改善作用を発揮する。
・アクトシン軟膏は、同じ成分を外用し、血流改善や創傷治癒促進薬として使用される。
・cAMPの多面的な作用により、剤形や使用部位によって全く異なる効能を発揮するユニークな薬である。
・現代の心不全治療では使用頻度は低下しているが、作用機序の理解はcAMPシグナル伝達を学ぶうえで重要。