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心臓の前負荷と後負荷の違い―心不全治療薬は何を軽くしている?
公開. 更新. 投稿者: 17 ビュー. カテゴリ:心不全/肺高血圧症.この記事は約10分9秒で読めます.
心臓の前負荷と後負荷

心不全治療薬について勉強していると、
「前負荷を軽減する」
「後負荷を軽減する」
という言葉がよく出てきます。
利尿薬は前負荷を軽減し、血管拡張薬は後負荷を軽減する――と暗記している人も多いでしょう。
しかし、心不全治療薬にはジゴキシンのように心収縮力を高める薬もあれば、β遮断薬のように一見すると逆に心臓の働きを抑える薬もあります。急性心不全ではカテコラミンやホスホジエステラーゼ(PDE)Ⅲ阻害薬が使用されることもあります。
これらは「前負荷」「後負荷」だけでは説明できません。
心不全治療薬を理解するには、心臓を一つのポンプとして、
① 心臓にどれだけ血液が入ってくるか=前負荷
② 心臓がどれだけの抵抗に逆らって血液を送り出すか=後負荷
③ 心臓というポンプ自体がどのくらい強く・速く動くか=収縮力・心拍数
という3方向から考えると分かりやすくなります。
前負荷とは?
前負荷(preload)とは、厳密には心室が収縮する直前、拡張末期に心筋線維がどの程度引き伸ばされているかを表す概念です。
心臓に戻ってくる血液が増えれば心室に入る血液も増え、心室壁はより引き伸ばされます。
そのため臨床的には、
静脈還流↑
→ 心室充満↑
→ 前負荷↑
という関係で理解すると分かりやすいでしょう。
ただし、
前負荷=静脈還流量
と完全に同じものではありません。
前負荷は本来、心筋にかかる張力・伸展を表す概念で、実際の臨床では心室拡張末期容積や充満圧などを通して評価されます。
前負荷は悪者ではない
前負荷は低ければ低いほどよいわけではありません。
心筋にはFrank-Starling機序があり、ある程度心筋が引き伸ばされると収縮力が増加します。
つまり、
適度に血液が入ってくる
→ 心筋が伸展する
→ 強く収縮できる
という仕組みがあります。
問題になるのは、心臓の処理能力を超えて血液が戻ってくる場合です。
心不全で血液を十分に送り出せなくなると、心臓の手前に血液がうっ滞します。
左心系であれば肺うっ血、右心系であれば末梢浮腫や頸静脈怒張などにつながります。
そこで「入ってくる側」の負担を軽くする治療が必要になります。
前負荷を減らす薬① 利尿薬
前負荷を軽減する代表的な薬が利尿薬です。
ループ利尿薬には、
- フロセミド(ラシックス)
- アゾセミド(ダイアート)
- トラセミド(ルプラック)
などがあります。
利尿によってNaと水分を体外へ排泄すると、
Na・水分排泄↑
↓
体液量↓
↓
静脈系の血液量↓
↓
心臓への静脈還流↓
↓
心室充満圧↓
↓
うっ血改善
という方向に働きます。
つまり利尿薬は、心臓に入ってくる血液の元となる体液量を減らすことで、主として前負荷を軽減する薬と考えられます。
浮腫や肺うっ血を伴う心不全患者に利尿薬が処方されていれば、
「余分な水分を尿として出す」
だけでなく、
「心臓に戻ってくる血液を減らして、心臓の手前の渋滞を解消している」
と考えると作用がイメージしやすくなります。
前負荷を減らす薬② 硝酸薬
ニトログリセリンなどの硝酸薬も前負荷を軽減しますが、利尿薬とは方法が違います。
硝酸薬は血管を拡張しますが、特に低用量では静脈系への作用が目立ちます。
静脈は大量の血液を蓄えることのできる「容量血管」です。
静脈が拡張すると血液を末梢の静脈系に保持できるため、
静脈拡張
↓
末梢静脈系に血液がプール
↓
静脈還流↓
↓
前負荷↓
となります。
したがって、
利尿薬=血液・体液の量を減らして前負荷を軽減
硝酸薬=静脈という血液の貯蔵スペースを広げて前負荷を軽減
という違いがあります。
なお、硝酸薬は用量が増えると動脈拡張作用も大きくなるため、後負荷も軽減します。
後負荷とは?
後負荷(afterload)とは、心室が収縮して血液を送り出す際に打ち勝たなければならない負荷です。
左心室を例にすると、左心室は大動脈弁を開き、大動脈へ血液を送り出さなければなりません。
血圧が高かったり末梢血管が強く収縮していたりすれば、心臓はより大きな力を必要とします。
つまりイメージとしては、
前負荷=ポンプに入ってくる側の負荷
後負荷=ポンプから押し出す側の抵抗
です。
後負荷についても、
後負荷=血圧
と完全に同一視するのは正確ではありません。
厳密には心室壁応力などによって規定され、大動脈圧、末梢血管抵抗、心室の大きさや壁厚など複数の要素が関係します。
ただし臨床的には、「血圧や血管抵抗が高ければ心臓が血液を送り出しにくい」と考えると理解しやすいでしょう。
後負荷を減らす薬―血液の出口を広げる
後負荷を軽減する基本的な方法が動脈系の血管拡張です。
血管が拡張すると、
末梢血管抵抗↓
↓
心臓が血液を送り出しやすくなる
↓
後負荷↓
となります。
この作用に関係する薬として、
- ACE阻害薬
- ARB
- ARNI
- その他の血管拡張薬
などがあります。
ACE阻害薬やARBはRAA系を抑制し、アンジオテンシンⅡによる血管収縮などを抑えます。
ARNIであるサクビトリルバルサルタン(エンレスト)は、ARB作用にネプリライシン阻害作用が加わります。
ただし、これらの薬を単なる「後負荷軽減薬」として覚えるのは不十分です。
RAA系やナトリウム利尿ペプチド系を介して、体液量、血管抵抗、神経体液性因子、心筋リモデリングなどにも影響するためです。
前負荷・後負荷だけでは説明できない薬
ここまでなら、
前負荷を減らす=入ってくる血液を減らす
後負荷を減らす=出ていく血液の抵抗を減らす
という話です。
しかし、もう一つ重要なのが、
「ポンプそのものをどうするか?」
です。
心臓の収縮力や心拍数を直接変化させる薬があります。
代表的なのが、
- ジゴキシン
- カテコラミン
- PDEⅢ阻害薬
- β遮断薬
です。
ジゴキシン―ポンプの収縮力を高める
ジゴキシンはNa⁺/K⁺-ATPaseを阻害します。
その結果、細胞内Na⁺濃度が上昇し、Na⁺/Ca²⁺交換系を介して心筋細胞内Ca²⁺が増加します。
Na⁺/K⁺-ATPase阻害
↓
細胞内Na⁺↑
↓
Na⁺/Ca²⁺交換に影響
↓
細胞内Ca²⁺↑
↓
心収縮力↑
という流れです。
つまりジゴキシンは、
前負荷を減らす
あるいは
後負荷を減らす
ことを主目的とする薬ではなく、
心臓というポンプ自体の収縮力を高める薬
です。
また、迷走神経作用などを介して房室結節の伝導を抑制するため、心房細動などにおける心拍数調節にも用いられます。
「収縮力は上げるが、房室伝導は抑える」というところが特徴的です。
カテコラミン―β₁受容体から心収縮力を高める
急性心不全などで低心拍出状態が問題になる場合には、ドブタミンなどのカテコラミンが使用されることがあります。
主にβ₁受容体を刺激すると、
β₁受容体刺激
↓
Gsタンパク
↓
アデニル酸シクラーゼ活性化
↓
cAMP↑
↓
PKA活性化
↓
Ca²⁺動態に作用
↓
心収縮力↑
となります。
簡単にいえば、
カテコラミン=cAMPを増やして心臓を強く収縮させる
ということです。
低心拍出で臓器灌流を維持できないような状況では有用ですが、心拍数増加、心筋酸素消費量増加、不整脈などの問題もあります。
そのため「心不全なら弱った心臓をカテコラミンでずっと強く動かせばよい」というものではありません。
PDEⅢ阻害薬―cAMPを壊させない
ミルリノンなどのPDEⅢ阻害薬も心収縮力を高めます。
カテコラミンとの違いは、cAMPを増やす方法です。
カテコラミンは、
β₁受容体刺激
→ cAMPを作る方向を促進
します。
一方、PDEⅢ阻害薬は、
PDEⅢ阻害
→ cAMPの分解を抑制
→ cAMP↑
という作用です。
つまり、
カテコラミン=cAMPを作らせる
PDEⅢ阻害薬=cAMPを壊させない
と覚えると分かりやすいでしょう。
さらにPDEⅢ阻害薬は血管平滑筋も弛緩させます。
そのため、
心収縮力↑+血管拡張
という二つの作用を持ち、inodilator(強心性血管拡張薬)と呼ばれることがあります。
心臓というポンプを強くすると同時に、血液を送り出す先の抵抗も軽減するわけです。
β遮断薬―心不全なのに心臓を弱くする?
ここで一見矛盾して見えるのがβ遮断薬です。
カルベジロールやビソプロロールなどのβ遮断薬は、β₁受容体へのカテコラミン作用を抑制します。
急性的に考えれば、
β₁遮断
→ 心拍数↓
→ 心収縮力↓
となります。
「心臓のポンプ能力が低下している心不全なのに、なぜさらに心臓を抑えるのか?」
という疑問が生じます。
これは急性期と慢性期を分けて考える必要があります。
慢性心不全では、心拍出量低下を補うため交感神経系が活性化します。
短期的には、
交感神経↑
→ 心拍数↑・収縮力↑
→ 心拍出量を維持
という代償になります。
しかし、この状態が長期間続くと、過剰な交感神経刺激が心筋に悪影響を及ぼします。
そこで安定した慢性HFrEFでは、β遮断薬によって過剰な交感神経刺激を抑え、長期的に心臓を保護します。
つまり、
カテコラミン=必要なときに心臓を強く動かす
β遮断薬=慢性的に心臓を刺激し続けないよう守る
という、一見正反対の治療が存在するのです。
「心不全=心収縮力を上げればよい」ではない
ここは心不全治療を理解するうえで重要なポイントです。
心不全とは単純に、
「心臓の収縮力が弱くなった病気」
ではありません。
うっ血、血管抵抗、交感神経系、RAA系、腎機能、心筋リモデリングなど、さまざまな要因が絡み合っています。
そのため治療も、
・入ってくる血液を減らす
・出ていくときの抵抗を減らす
・必要なら収縮力を高める
・過剰な心臓刺激を抑える
という異なる方向から行われます。
心不全治療薬を「ポンプ」で整理する
心臓をポンプとして考えると、薬の違いが整理できます。
① ポンプに入ってくる量・圧を減らす
前負荷↓
代表:
利尿薬、硝酸薬
目的:
うっ血や高い充満圧を改善する。
② ポンプの出口側の抵抗を減らす
後負荷↓
代表:
ACE阻害薬、ARB、ARNI、血管拡張薬など
目的:
心臓から血液を送り出しやすくする。
③ ポンプ自体を強くする
心収縮力↑
代表:
ジゴキシン、カテコラミン、PDEⅢ阻害薬
ただし、それぞれ作用機序も使用場面も大きく異なります。
④ ポンプを過剰に働かせない
交感神経刺激↓・心拍数↓
代表:
β遮断薬
慢性心不全では「強く動かす」だけでなく、過剰な刺激から心筋を守ることが重要です。
強心薬の違い
心収縮力を高める薬だけを比較すると次のようになります。
| ジゴキシン | カテコラミン | PDEⅢ阻害薬 | |
|---|---|---|---|
| 主な作用点 | Na⁺/K⁺-ATPase | β₁受容体 | PDEⅢ |
| cAMP | 主経路ではない | ↑:産生促進 | ↑:分解抑制 |
| 細胞内Ca²⁺ | ↑ | ↑ | ↑ |
| 心収縮力 | ↑ | ↑ | ↑ |
| 心拍数 | 抑制方向の作用も | 増加し得る | 増加し得る |
| 血管拡張 | 主作用ではない | 薬剤により異なる | あり |
| 主なイメージ | Ca²⁺を増やして収縮力↑ | β₁刺激でcAMP↑ | cAMPを壊さず収縮力↑+血管拡張 |
同じ「強心薬」でも、作用機序も循環への影響も異なります。
前負荷・後負荷・心収縮力は互いに独立していない
実際の薬を、
「これは前負荷の薬」
「これは後負荷の薬」
と完全に分けることはできません。
たとえば硝酸薬は主に静脈を拡張して前負荷を軽減しますが、用量によっては動脈も拡張して後負荷を軽減します。
PDEⅢ阻害薬は心収縮力を高めると同時に血管を拡張します。
ACE阻害薬、ARB、ARNIなども血管抵抗だけでなく体液量や神経体液性因子などに影響します。
したがって、
「前負荷を下げる薬」「後負荷を下げる薬」という分類は、薬の作用を理解するためのモデル
と考えるのがよいでしょう。
処方から「心臓のどこを変えたいのか」を考える
薬局で心不全患者の処方を見るときには、
この薬は心臓の何を変えようとしているのか?
と考えてみると処方意図が見えやすくなります。
浮腫がありフロセミドが処方されている。
→ 体液量を減らす
→ 充満圧・前負荷を軽減
→ うっ血を改善したい。
血圧が高くRAA系阻害薬などが使用されている。
→ 血管抵抗を低下
→ 後負荷を軽減
→ 心臓から血液を送り出しやすくする。
低心拍出状態でドブタミンが使用されている。
→ β₁受容体刺激
→ 心収縮力↑
→ 心拍出量を確保したい。
安定したHFrEF患者にβ遮断薬が使用されている。
→ 過剰な交感神経刺激を抑える
→ 長期的に心臓を保護したい。
同じ「心不全」という病名でも、薬によって狙っている場所が違うわけです。
まとめ―心臓を一つのポンプとして考える
前負荷と後負荷は、心臓をポンプとして考えると理解しやすくなります。
前負荷(preload)
心室収縮直前に心筋がどの程度引き伸ばされているか。
臨床的には、
「心臓に入ってくる側」
とイメージすると分かりやすいでしょう。
利尿薬や硝酸薬などによって軽減できます。
後負荷(afterload)
心室が血液を送り出すときに打ち勝たなければならない負荷。
臨床的には、
「心臓から出ていく側の抵抗」
とイメージできます。
血管拡張やRAA系への作用などによって軽減できます。
しかし心不全治療はそれだけではありません。
前負荷を減らす
=ポンプに入ってくる負担を減らす
後負荷を減らす
=ポンプの出口の抵抗を減らす
ジゴキシン・カテコラミン・PDEⅢ阻害薬
=ポンプそのものの収縮力を変える
β遮断薬
=ポンプを過剰に刺激し続けないようにする
という異なる治療戦略があります。
心不全治療薬を丸暗記するより、
「入ってくる血液」「出ていく血液」「ポンプそのもの」
のどこに作用しているのかを考えると、それぞれの薬の役割が理解しやすくなるでしょう。



