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イスラム教徒が飲めない薬?宗教上の理由で飲めない薬
公開. 更新. 投稿者:服薬指導/薬歴/検査. タグ:薬剤一覧ポケットブック. この記事は約5分33秒で読めます.
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宗教上の理由で飲めない薬とは?

医療現場では、患者の疾患や体質だけでなく、文化的・宗教的背景にも配慮する必要があります。特にイスラム教やヒンドゥー教などの宗教では、特定の動物由来成分やアルコールの摂取を禁じており、これが医薬品の選択にも影響を及ぼします。
薬剤師が「なぜこの患者さんはこの薬を拒否しているのか?」という背景を理解していなければ、信頼関係が崩れる可能性もあります。逆に、宗教上の制約を理解したうえで代替薬を提案できれば、患者からの信頼は大きく高まります。
イスラム教と医薬品の制限
イスラム教徒が避ける食品・成分
イスラム教では、以下のものがハラーム(禁止)とされています。
・豚肉および豚由来成分
・正式な方法(ハラール屠殺)で屠殺されていない動物の肉
・血液
・アルコール(エタノールを含む)
この考え方は飲食物だけでなく、医薬品や化粧品にも及ぶとされます。
解釈の幅
ただし、イスラム教徒の間でも解釈には幅があり、以下のようなケースがあります。
・代替薬がある場合:禁止成分が含まれる薬は避けたいと希望する
・代替薬がない場合/生命を脅かす状況:やむを得ず服用を受け入れる
・製造過程に禁止成分が含まれる場合:厳格に避ける人もいれば、最終製品に残っていなければ許容する人もいる
このため、画一的に「イスラム教徒はこの薬を飲まない」と断定するのではなく、患者本人の考えを確認することが必須です。
ヒンドゥー教やその他宗教における制限
イスラム教だけでなく、他宗教でも医薬品の制約は存在します。
・ヒンドゥー教:牛肉を不浄と考え、牛由来成分を避ける。厳格な人は動物性成分全般を拒否する場合も。
・仏教:戒律の厳しさに応じて動物由来成分を避ける人もいる。
・ユダヤ教:コーシャの規定があり、豚・貝類・血などを禁じる。ただし、医薬品については宗派やラビの判断によって緩和されることが多い。
医療従事者は「患者の宗教が何か」だけでなく、「どの程度厳格に守っているのか」まで確認する必要があります。
動物由来成分を含む医薬品
生物由来/特定生物由来医薬品
・ホルモン剤(インスリンなど)
・ヘパリン製剤(豚腸由来)
・血栓溶解薬(ウロキナーゼなど)
・造血因子製剤(G-CSF、EPOなど)
・抗体医薬品
・インターフェロン
・血液製剤
・ワクチン、トキソイド
これらは直接的に動物やヒト由来の成分を利用しているため、宗教的な理由から使用を拒むケースがあります。
消化酵素製剤(パンクレアチン)
パンクレアチンは豚の膵臓から抽出される酵素で、膵外分泌不全や消化不良に用いられます。
・製剤例:リパクレオン、エクセラーゼ、ポリトーゼ、タフマックEなど
・副作用として大量投与時に高尿酸血症を引き起こすことが知られている
イスラム教徒にとって豚由来という点で問題視されることがあり、代替薬の有無を確認することが重要です。
添加物としての動物由来成分
・ゼラチン(豚・牛由来):カプセル剤に広く使われている。
・アルコール(エタノール):液剤・注射剤に含まれる場合がある。
カプセル剤については、非動物性原料(HPMCなど)を使用した製品もありますが、まだ少数派です。そのため、可能なら錠剤や散剤に変更する方が望ましいケースもあります。
ゼラチンと宗教上の理由
ゼラチンは動物の骨や皮に含まれるコラーゲンからつくられたもので、食品にも含まれるが、医薬品の添加物としてよく利用されている。そのゼラチンに対してアレルギーをもつ人もいて、ゼラチンアレルギーに禁忌の薬もある。
エスクレ坐剤の禁忌には、以下のように記載されている。
本剤の成分(ゼラチン等)に対して過敏症の既往歴のある患者[本剤のカプセルの主成分はゼラチンである。ワクチン類に安定剤として含まれるゼラチンに対し過敏症の患者に、本剤を投与したところ過敏症が発現したとの報告がある。また、本剤投与によりショック様症状を起こした患者の血中にゼラチン特異抗体を検出したとの報告がある。]
ゼラチンの原料として、ブタやウシなどの動物が使われているが、宗教的にそれらの動物を食することがタブーとされていることもある。食物アレルギーだけでなく、宗教上の理由から服薬できない事情を持つ患者もいるということにも配慮する。
また、ブタやウシの膵液から精製されるパンクレアチンを含むタフマックやベリチームなどは、「ウシ又はタンパク質に対し過敏症の既往歴のある患者」に対し禁忌となっている。
服薬指導における留意点
患者の宗教・信念を尊重する
・「豚由来ですが大丈夫ですか?」とストレートに尋ねるのではなく、まずは「宗教上避けている成分はありますか?」と聞くことが大切です。
・個々の信仰の度合いによって、許容範囲が異なります。
代替薬を検討する
・可能な限り、動物由来成分を含まない製剤を選ぶ。
・どうしても避けられない場合は、患者に説明し、理解を得る。
添付文書や製薬企業への確認
・添付文書にゼラチンの由来が明記されていないことも多い。
・不明な場合は製薬企業に問い合わせ、由来を確認する。
医師との連携
・宗教的理由で薬の変更を希望する場合は、医師に相談し代替薬を検討。
・「服薬拒否=不遵守」と責めるのではなく、背景を理解して提案する姿勢が必要。
事例:イスラム教徒とインスリン治療
かつてインスリンは豚や牛の膵臓から精製されており、イスラム教徒の糖尿病患者は治療に大きな困難を抱えていました。
現在は遺伝子組換え型ヒトインスリンが主流となり、宗教的制約はほぼ解消されました。この事例は「医療技術の進歩が宗教的課題を解決することもある」という好例です。
まとめ
宗教上の理由で飲めない薬は、決して珍しい問題ではありません。特にイスラム教徒やヒンドゥー教徒の患者に対しては、豚・牛由来成分やアルコールの有無が大きな意味を持ちます。
・阿膠や竜骨など伝統的な漢方の動物由来成分
・ゼラチンやアルコールといった添加物
・生物由来製剤や消化酵素薬
これらが日常的に処方されていることを考えると、薬剤師としての対応力が試される分野だといえるでしょう。
重要なのは「禁止だから使えない」と決めつけることではなく、患者の信仰を尊重し、代替薬を一緒に考えることです。医師・薬剤師・患者が協力して最適解を探る姿勢が、医療者への信頼を築く第一歩となります。