2025年6月25日更新.2,507記事.

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マイスリーはうつ病に使えない?

マイスリーはうつ病に使えない?

マイスリー(一般名:ゾルピデム)の添付文書には、適応症として「不眠症(統合失調症及び躁うつ病に伴う不眠症を除く)」と記載されています。これは、統合失調症や双極性障害(躁うつ病)における不眠には、本剤の有効性が十分に検証されていないことが理由です。ゾルピデムがベンゾジアゼピン系薬と異なる特性を持っているとはいえ、これら精神疾患に伴う不眠に対しては保険適用外とされています。

しかし、「うつ病単独」の不眠症に対しては、添付文書上の適応除外には明記されていません。そのため、臨床現場では医師の判断でうつ病に伴う不眠に処方されることもあります。ただし、審査機関や保険者によっては「うつ病=精神疾患」と広く解釈され、返戻の対象になるケースもあるようです。

このような制限には、薬価の高さが関係している可能性もあります。マイスリーは他の入眠剤と比べて薬価が高めに設定されており、保険適用の範囲を限定することで、医療費の抑制を図っていると推察されます。

なお、海外の添付文書(たとえば米国FDA承認の製品情報)では、統合失調症や躁うつ病に関する適応除外の記載はなく、臨床的な制限は日本特有のものと言えるでしょう。

この背景には、国内治験においてゾルピデム(マイスリー)が、既存の睡眠薬であるニトラゼパムに対して非劣性を示せなかったという事情もあります。そのため、「統合失調症および躁うつ病に伴う不眠症」に対する有効性を証明するデータが不十分と判断されたのです。

マイスリーの作用機序とω受容体

ゾルピデムはベンゾジアゼピン構造を持たない「非ベンゾジアゼピン系」睡眠薬で、GABA-A受容体に作用する点ではベンゾジアゼピン系と共通しています。ただし、その作用は特にω1受容体に選択的である点が特徴です。

ω1受容体は小脳や大脳皮質、嗅球などに多く分布しており、催眠鎮静作用に関与するとされています。一方、筋弛緩や抗不安作用に関連するω2受容体にはほとんど作用しないため、ゾルピデムは入眠促進作用がありながら、日中のふらつきや筋弛緩による転倒リスクが比較的少ないとされ、高齢者にも使いやすい薬剤です。

この選択性により、ゾルピデムは生理的睡眠パターンに近い作用を示すとされ、入眠障害・中途覚醒・早朝覚醒のいずれにも一定の効果が期待されます。また、耐薬性や依存性の形成が少ないことも特徴とされています。

マイスリーと植物状態に関する話題

ゾルピデムは「眠らせる薬」であるはずなのに、「目覚めさせる薬」として報道されたことがあります。これは、2000年代に南アフリカやアメリカで報告された、植物状態の患者がゾルピデム(マイスリー)を投与されたことで一時的に覚醒反応を示した、という症例に由来しています。

この現象は「パラドキシカル覚醒効果」と呼ばれ、GABA作動系が過度に抑制的になっている状態(特に外傷性脳損傷など)において、ゾルピデムが選択的に神経回路の一部を解放し、覚醒が促進された可能性が示唆されています。実際に、発語や自発的運動が一時的に回復したという事例も報告されています。

ただし、このような劇的な効果は極めてまれであり、一般的な植物状態に対してゾルピデムを使用することは標準治療とはされていません。また、日本国内での適応外使用にも慎重な対応が求められます。

それでも、この事例はゾルピデムが単なる睡眠薬ではなく、脳内の抑制と覚醒のバランスに深く関与する薬剤であることを示唆しています。うつ病など神経精神疾患に対する影響についても、今後の研究によってさらに解明が進むことが期待されます。

処方例

マイスリー錠5㎎ 1錠  
 1日1回就寝直前 30日分

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