2025年6月29日更新.2,503記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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塩化リゾチームは効かない?蛋白分解酵素薬の現在

蛋白分解酵素薬の変遷と現在

「蛋白分解酵素」という薬理クラスは、医療の歴史の中で非常に重要な役割を果たしてきました。
酵素が薬になる——それは、微生物学や生化学の発展とともに夢のように受け止められた時代もあったのです。

1950年代から2000年代初頭にかけて、リゾチームやセラチアペプチダーゼ(商品名:ダーゼン、セルダーゼ)は、消炎・排膿・去痰治療の定番として多くの処方箋に記載されてきました。しかし、医療の根拠主義(Evidence-Based Medicine)が強くなると、その運命は大きく変わっていきます。

いま振り返ると、酵素療法の隆盛と衰退は、医療の進歩を映す鏡でもあります。

一方、蛋白分解酵素の価値そのものが否定されたわけではありません。むしろ、現在も創傷治療や消化補助の分野では重要な治療選択肢として残っています。そんな蛋白分解酵素薬の歴史と現在を振り返り、かつての消炎酵素薬についても勉強していきます。

消炎酵素薬の時代:リゾチームとダーゼンの全盛

かつて「消炎」といえば、ステロイドやNSAIDsの他に酵素製剤が選択肢に上がる時代がありました。

例えばリゾチーム(塩化リゾチーム)は、鶏卵白から精製される酵素で、抗菌作用と軽度の抗炎症作用が知られていました。
リゾチーム塩酸塩製剤は、慢性気管支炎、副鼻腔炎、咽喉頭炎などに去痰や排膿の補助療法として使われ、「安全性が高い酵素薬」として医療現場で広く用いられました。

一方で、セラチアペプチダーゼ(セルダーゼ、ダーゼン)は、プロテアーゼ活性により炎症性浮腫や分泌物の分解を促進するとされ、歯科や耳鼻科領域でも「腫れ止め」「排膿促進」として処方されることが多かった薬です。抜歯後の腫脹や副鼻腔炎で「とりあえずダーゼン」が半ば定型句になっていた頃を覚えている方も多いでしょう。

しかし、こうした酵素薬は、臨床研究の質が十分ではなく、「長年使われてきたから有効であろう」という経験則の積み重ねで市場を維持してきた面が否めませんでした。

2000年代に入ると医療用医薬品に対する有効性評価が厳格化され、2016年前後にリゾチーム塩酸塩やセラチアペプチダーゼ製剤の有用性が再評価されました。その結果、十分な有効性エビデンスを示すデータが存在しないとの結論が出され、多くの製剤が自主回収・販売中止となります。

それは「古い薬の整理」の象徴的な出来事であり、消炎酵素薬の時代に終止符が打たれた瞬間でもありました。

創傷治療に残る蛋白分解酵素:壊死組織除去の要

蛋白分解酵素が完全に医療現場から消えたわけではありません。むしろ、現代でもなくてはならない分野があります。それが褥瘡や熱傷治療における壊死組織の除去(デブリドマン)です。

褥瘡や慢性創傷では、壊死組織(エスカー)が創面に付着することで治癒が遅延します。この壊死組織を除去するために、現在も蛋白分解酵素を含む外用剤が用いられています。

例えば「ブロメライン軟膏」は、創面のデブリドマンを目的に使用される酵素軟膏の一つです。ブロメラインはパイナップル由来のプロテアーゼで、壊死組織中のタンパク質を選択的に分解し、剥離を促進しながら健常組織への障害を抑制する特性を持ちます。

このような外用酵素療法は、創傷管理の中で現在も重要な選択肢として現役です。「蛋白分解酵素=効果が乏しい」というイメージだけが一人歩きしがちですが、こうした領域では今も標準治療に位置付けられています。

消化酵素薬として現役の膵酵素製剤

もう一つ、蛋白分解酵素が現役で活躍しているのが消化補助療法の分野です。

膵外分泌不全(慢性膵炎、膵癌の術後など)では、食事中の蛋白質・脂質・炭水化物の消化が著しく低下し、栄養障害や脂肪便を引き起こします。このとき欠かせないのが膵酵素補充療法です。

たとえば「リパクレオン」「パンクレアチン製剤」は、リパーゼ・アミラーゼ・プロテアーゼの混合酵素を含み、消化吸収を補助します。これらは現在も医療用医薬品として保険適用されており、慢性膵炎患者や膵切除後患者のQOL維持に欠かせない存在です。

リパクレオンは徐放性の微粒子をカプセルに封入し、十二指腸で効果的に酵素が放出される工夫がなされています。酵素製剤の設計は、いかに胃酸で分解されず腸管で活性を発揮させるかが鍵となるため、製剤技術の進歩の結晶とも言えるでしょう。

かつて消炎酵素薬が盛んに使われていた頃、同じ「酵素薬」という響きで一括りに語られることもありました。しかし、膵酵素製剤は確かな臨床効果が長年にわたって確認されており、現在も標準的な治療の柱の一つです。

酵素療法の未来と、かつての記憶

今振り返ると、リゾチームやダーゼンが全盛だった時代は、医療が「経験と実感」を強く重視していた時代でもあります。
患者の訴えや医師の直感が治療選択を決め、臨床試験の厳密さやアウトカム指標が今ほど整備されていませんでした。

それが悪いことだったとは一概に言えません。実際、酵素製剤で「なんだか腫れが早く引いた」と実感する患者や、長年の経験で恩恵を感じてきた医師もいました。
しかし一方で、治療の有効性を科学的に証明する重要性が認識されるようになり、医療の進歩とともに「経験則だけに依拠する治療」は淘汰されていきます。

現在、蛋白分解酵素は
・創傷治療のデブリドマン
・消化補助の膵酵素製剤
という明確なエビデンスと適応を持つ分野に集約されました。

これから先、バイオ医薬品や分子標的薬の時代が進む中でも、古典的な酵素療法は「医療の原点を思い出させる象徴的な存在」として残るでしょう。

リゾチームやダーゼンが医療の定番だったあの頃を知る人にとって、去痰酵素や消炎酵素の消失は一抹の寂しさを覚える出来事だったはずです。それでもなお、蛋白分解酵素という分子の働きが、今も褥瘡治療や消化補助で人々を支えている事実は、医療の歴史の面白さを感じさせます。

まとめ

蛋白分解酵素薬は、時代によってその立場を大きく変えてきました。

かつて一大市場を築いた消炎酵素薬は去りつつありますが、消化酵素薬や創傷治療用酵素薬は現代の標準治療に定着しています。

酵素が薬として活躍する歴史はまだ終わっていません。
そして、リゾチームやダーゼンを思い出すとき、医療の進歩と共に変わっていく「治療の価値観」をあらためて感じるのではないでしょうか。

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