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カルシウムで血圧が上がる?カルシウム拮抗薬との関係
公開. 更新. 投稿者: 6,284 ビュー. カテゴリ:高血圧.この記事は約6分36秒で読めます.
目次
「カルシウム」と「血圧」の誤解

「カルシウム拮抗薬」という降圧薬を聞いたとき、
「カルシウムを抑える薬なら、カルシウムを摂りすぎると血圧が上がるのでは?」
と感じた人は少なくありません。
カルシウムといえば「骨の成分」「牛乳に多いミネラル」といったイメージが強いですが、
実際には体内で筋肉の収縮や神経伝達といった重要な生理機能にも関与しています。
しかし、結論から言うと──
カルシウムを多く摂取しても血圧は上がりません。
むしろ、カルシウムの不足が血圧上昇につながる可能性があることが、近年の研究で示されています。
カルシウムの働き ― 骨だけじゃない!
体内のカルシウムの約99%は骨と歯に存在しています。
残り1%は血液や細胞内外の液に分布し、次のような重要な役割を果たしています。
・筋肉の収縮(心筋・血管平滑筋を含む)
・神経の興奮伝達
・ホルモン分泌や酵素活性化
・血液凝固
これらの機能の多くは、細胞内外のカルシウムイオン(Ca²⁺)の出入りによって制御されています。
カルシウム拮抗薬とは? ― 細胞の中への流入を抑える薬
高血圧の治療で使われる「カルシウム拮抗薬(Ca拮抗薬)」は、
正式にはカルシウムチャネル拮抗薬(Calcium Channel Blocker: CCB)と呼ばれます。
この薬が働くのは、血管の筋肉細胞(血管平滑筋)に存在するL型カルシウムチャネルです。
通常、血管が収縮する際には、
細胞外からカルシウムイオンがこのチャネルを通って細胞内に流れ込み、
アクチンとミオシンという筋収縮タンパクが作用して血管が「キュッ」と締まります。
この状態では血圧が上がります。
カルシウム拮抗薬はこのL型チャネルをブロックし、
細胞内へのCa²⁺流入を抑えることで血管を拡張させ、血圧を下げるという仕組みです。
つまり「カルシウム拮抗薬」は、
「血管の中のカルシウムの流れ方」に作用する薬であって、
「食べ物や血液中のカルシウム量」に直接影響するものではありません。
「カルシウムを摂ると血圧が上がる?」の誤解
牛乳やサプリメントなどからカルシウムを多く摂ると、
「体内のCa²⁺が増えて血圧が上がるのでは?」と心配されることがあります。
しかし実際には、血液中のカルシウム濃度は非常に厳密にコントロールされています。
● 血中カルシウム濃度の調節メカニズム
以下のホルモンが協調して働き、血中Ca²⁺濃度を一定に保ちます。
ホルモンと主な作用
・副甲状腺ホルモン(PTH):血中Ca²⁺を上げる(骨からの放出促進、腎での再吸収)
・カルシトニン:血中Ca²⁺を下げる(骨への沈着促進)
・活性型ビタミンD₃:小腸でのCa吸収を促進し、骨形成を助ける
このシステムにより、食事からのカルシウム摂取量が多少変動しても、
血中カルシウム濃度はほとんど変わりません。
つまり、牛乳を多く飲んだからといって血管平滑筋のカルシウム流入が増えることはないのです。
Ca拮抗薬とカルシウム摂取の関係
カルシウム拮抗薬の作用部位は「細胞膜上のL型Caチャネル」です。
この薬は、血管や心筋細胞など興奮性細胞のCa²⁺の出入りにのみ関与します。
一方、小腸でのカルシウム吸収や骨への沈着などの経路とは無関係です。
そのため、
カルシウム拮抗薬を服用していても、カルシウム摂取量を控える必要はありません。
また、カルシウムを多く摂取しても、薬の作用を妨げたり血圧が上がることはありません。
むしろ「カルシウム不足」は血圧を上げる
近年の疫学研究では、カルシウム摂取量が少ないほど血圧が高くなる傾向があることが分かっています。
カルシウムは筋収縮だけでなく、血管平滑筋の膜安定化作用やホルモン分泌調整にも関わっているためです。
● カルシウムによる降圧メカニズム(考えられている仮説)
①血管平滑筋の膜安定化
Ca補給により細胞膜の透過性が下がり、Ca²⁺の過剰流入が防がれる。
結果として血管が収縮しにくくなる。
②ATPase活性の亢進
Ca²⁺を細胞外へくみ出すポンプ(Ca²⁺-ATPase)やNa⁺/K⁺-ATPaseの活性が上がり、
細胞内Ca²⁺濃度が下がることで血管が弛緩する。
③ホルモンバランスの変化
PTHやビタミンD₃分泌が抑制され、代わりにカルシトニン関連ペプチド(CGRP)が増える。
これらが血管拡張を促す。
④腎機能への作用
Ca摂取でNa排泄が促され、血液量が減って血圧低下に寄与。
⑤交感神経系の抑制
カルシウムが神経伝達の過剰興奮を抑え、自律神経の安定化につながる。
このように、カルシウムは「血圧を上げるミネラル」ではなく、「安定させるミネラル」として働きます。
カルシウム摂取と血圧に関する研究例
いくつかの臨床研究では、カルシウム補給による軽度の降圧効果が報告されています。
日本人成人対象研究(J Hypertens, 1998)
カルシウム摂取量が多い群で、平均収縮期血圧が3〜5mmHg低い傾向。
DASH食事療法研究(NEJM, 1997)
果物・野菜・低脂肪乳製品を多く含む食事で血圧低下を確認。
特に乳製品由来カルシウムの寄与が指摘される。
メタ解析(Am J Clin Nutr, 2015)
カルシウム補給により高血圧患者の収縮期血圧が平均2〜4mmHg低下。
このように、極端な効果ではないものの、カルシウム摂取が血圧を「安定」させる可能性があると考えられています。
日本人のカルシウム摂取量は足りていない
日本人の1日カルシウム摂取量(平均)は約500mg程度。
厚生労働省の推奨量は成人男性で800mg/日、女性で650mg/日です。
つまり、多くの人が慢性的なカルシウム不足です。
不足しやすい理由は以下の通り。
・牛乳・乳製品の摂取習慣が少ない
・野菜や豆製品中心の食事ではCa含有量が少ない
・加齢により吸収率が低下
・塩分・カフェイン・リン酸(加工食品)によるCa排泄促進
カルシウムを上手に摂るには
食品とカルシウム量
・牛乳200mL=約220mg: 吸収率が高い(約40%)
・ヨーグルト100g=約120mg :腸内環境にも良い
・小魚(ししゃも・いわし丸干し)30g=約150〜200mg :骨ごと食べるのがポイント
・木綿豆腐1/2丁=約150mg :イソフラボンとの相乗効果あり
・小松菜100g=約170mg:植物性Caだが吸収率やや低め
カルシウムはビタミンDと一緒に摂取すると吸収率が高まります。
日光浴やサプリでのビタミンD補給も併用するとよいでしょう。
Ca拮抗薬を服用中の人への注意点
・カルシウム摂取を控える必要はない
・牛乳やサプリを併用しても薬効に影響しない
・サプリメントは摂りすぎると腎結石リスクがあるため、1日1,000〜1,200mg以内が目安
・カルシウムだけでなく、マグネシウム・カリウムとのバランスも重要(Mg:Ca比は1:2程度)
まとめ ― カルシウムは「血圧の敵」ではなく「味方」
・誤解:カルシウムを摂ると血圧が上がる? → ❌ 上がらない
・理由:血中Ca濃度はホルモンで厳密に調整されている
・薬との関係:Ca拮抗薬の作用は細胞膜チャネル限定で、食事性Caとは無関係
・不足時の影響:Ca不足で血管が過敏になり血圧上昇リスク
・適正摂取:食事や乳製品で800〜1,000mg/日を目安に
薬剤師からのメッセージ
カルシウムは「骨の栄養」だけでなく、「血管の健康を守るミネラル」です。
Ca拮抗薬を服用している方でも、カルシウム摂取を恐れる必要はありません。
むしろ、不足を防ぐことが血圧安定の鍵になります。
牛乳・ヨーグルト・小魚・豆腐など、日常の食卓で少しずつ補うことが、
将来の高血圧や骨粗鬆症の予防にもつながります。




