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先天性代謝異常症の種類と分類-どこに異常があるのか?
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目次
先天性代謝異常症は「代謝のどこが壊れている病気なのか」

先天性代謝異常症(inborn errors of metabolism)は、一般的な糖尿病・脂質異常症のような「生活習慣に伴う代謝異常」とはまったく異なる領域である。これらは生まれつき特定の酵素や輸送体が欠損し、代謝の流れがどこかで止まってしまうことで発症する「先天的な代謝回路障害」である。
個々の病名(フェニルケトン尿症、ゴーシェ病、ムコ多糖症など)はバラバラに見えるが、実は
「代謝のどの場所が壊れているか」
という視点でみると非常にわかりやすく整理できる。
本記事では、各疾患を“代謝経路のどこが詰まっているか”という観点から体系的に解説し、代表疾患としてご指定いただいた病名をすべて掲載している。
■ 先天性代謝異常症とは何か
代謝ネットワークの“どこか一箇所”が詰まる病気
代謝は、栄養素が体内で
分解 → 変換 → 合成 → 排泄
されていく巨大な化学反応のネットワークである。
このネットワークのどこか1つでも止まると、その上流にある物質が行き場を失って蓄積し、下流で作られるはずの物質が欠乏する。
その結果、
・脳障害
・けいれん
・心筋障害
・肝障害
・発達遅滞
・臓器蓄積による物理的障害
など、重篤な症状が現れる。
つまり先天性代謝異常症とは、
「代謝回路のどこかが壊れている病気の総称」
である。
■ 代謝の“障害部位”でみる先天性代謝異常症の全体像
代謝は以下のように分類でき、
どの疾患も必ずこのどれかに属する。
・アミノ酸代謝の入口障害
・有機酸代謝の中間障害
・尿素サイクル(アンモニア解毒)の障害
・糖代謝(糖新生・糖原代謝)の障害
・脂肪酸代謝の障害
・ライソゾーム分解系の障害
・金属・補酵素・核酸代謝の障害
・その他の代謝出口障害(排泄障害)
【アミノ酸代謝の異常】
入口から詰まるタイプ ― 栄養が“毒”に変わる
アミノ酸代謝の最初のステップが壊れていると、食事から摂ったアミノ酸が分解できず、神経毒性のある中間物質として蓄積する。
● 含まれる疾患
・高フェニルアラニン血症(フェニルケトン尿症:PKU)
→ フェニルアラニン → チロシンへの変換が止まる
・高チロシン血症
→ チロシン → コハク酸アセト酢酸への変換が止まる
・高メチオニン血症
→ メチオニン代謝の初段階が詰まる
・ホモシスチン尿症
→ メチオニン → ホモシステイン → システインの経路が止まる
● 代謝的な本質
タンパク質 → アミノ酸 → 次の代謝ステップ
↑
ここが壊れている
入口が詰まる=すべて上流蓄積型
栄養素のはずが分解できないと中枢毒として働いてしまう。
【有機酸代謝の異常】
アミノ酸・脂肪酸の“中間駅”が詰まる
アミノ酸や脂肪酸を分解していく過程で生じる「有機酸」を処理できない疾患群である。
・メチルマロン酸血症
・プロピオン酸血症 など
● 代謝のどこが壊れているか
アミノ酸・脂肪酸 → 有機酸 → クエン酸回路 → エネルギー
↑
ここが詰まる
有機酸が強酸として体内に蓄積し、代謝性アシドーシスや高アンモニア血症を来す。
【尿素サイクル異常症】
アンモニア解毒の“出口”が壊れる
● 含まれる疾患
・尿素サイクル異常症(シトルリン血症、アルギニノコハク酸尿症など)
● 代謝的に壊れている場所
アミノ酸分解 → アンモニア → 尿素サイクル → 尿排泄
↑
ここが停止
アンモニアは脳に強い毒性があり、短時間で
・脳浮腫
・意識障害
・昏睡
を起こす。
● 完全な“出口障害型”
【糖代謝の異常】
● 疾患
・ガラクトース血症
・糖原病(多数)
糖を「作る・ためる・放出する」という生命維持の根幹部分が壊れる。
乳糖 → ガラクトース → グルコース
↑
ここが壊れる
【脂肪酸代謝の異常】
● 疾患
・中鎖脂肪酸代謝異常症
・カルニチン欠乏症
脂肪酸のβ酸化が止まると、絶食・発熱だけで低血糖から突然死に至ることもある。
【ライソゾーム病(蓄積症)】
細胞内の“リサイクル工場”が止まる
ここはご指定疾患が多数含まれる非常に重要な領域。
● 疾患
・ゴーシェ病
・ファブリー病
・ムコ多糖症
・ニーマン・ピック病
・ポンペ病
・セロイドリポフスチン症
● 代謝的に壊れている場所
細胞内ライソゾーム(ゴミ処理工場)
↓
糖脂質・ムコ多糖・糖原などの分解酵素が欠損
↓
不要物が細胞に蓄積し臓器が破壊される
● 疾患ごとに違う“蓄積物”
| 疾患名 | 蓄積物 |
|---|---|
| ゴーシェ病 | グルコセレブロシド |
| ファブリー病 | スフィンゴ糖脂質 |
| ムコ多糖症 | ムコ多糖 |
| ニーマン・ピック病C型 | コレステロール・糖脂質 |
| ポンペ病 | グリコーゲン |
| セロイドリポフスチン症 | 神経細胞内リポフスチン |
● 本質
「細胞内の掃除機能が止まってゴミが溜まり続ける病気」
臓器破壊は進行性で、心臓・肝脾・骨・神経など多臓器を巻き込む。
【腎性シスチン症】
分解は正常、排泄ができないタイプ
● ご指定疾患
腎性シスチン症
● 壊れている場所
ライソゾーム → シスチン排出 → 腎尿細管再吸収
↑
ここができない(出口障害)
ライソゾーム内にシスチンが蓄積し、腎不全・角膜障害・成長障害へ進行する。
● 本質
「分解は正常、代謝産物を“外へ出せない”」
【核酸代謝(プリン代謝)と免疫の障害】
代謝異常が“免疫不全”として現れる特異なタイプ
● 疾患
・アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症
● 壊れている場所
アデノシン → イノシン → 尿酸
↑
ADA欠損
分解されないデオキシアデノシンがT細胞に毒性を示し、
重症複合免疫不全症(SCID)を引き起こす。
● 本質
「代謝異常が免疫破綻として表面化する稀なタイプ」
【骨代謝(リン酸代謝)の異常】
骨形成の“最終工程”が壊れる
● 疾患
・低ホスファターゼ症
● 壊れている場所
リン酸エステル → 無機リンの供給
↑
アルカリホスファターゼ(ALP)欠損
リン酸が十分供給されず、骨石灰化が障害される。
● 本質
「骨の材料供給が止まる病気」
全疾患の“代謝異常部位マップ”
| 疾患名 | 壊れている代謝部位 |
|---|---|
| 高フェニルアラニン血症 | アミノ酸分解入口 |
| 高チロシン血症 | チロシン分解系 |
| 高メチオニン血症 | メチオニン代謝 |
| ホモシスチン尿症 | メチオニン→システイン経路 |
| 尿素サイクル異常症 | アンモニア解毒 |
| ゴーシュ病 | ライソゾーム糖脂質分解 |
| ファブリー病 | ライソゾーム糖脂質分解 |
| ムコ多糖症 | ライソゾームムコ多糖分解 |
| ニーマン・ピック病 | ライソゾーム脂質分解 |
| ポンペ病 | ライソゾーム糖原分解 |
| セロイドリポフスチン症 | 神経細胞内分解系 |
| 腎性シスチン症 | ライソゾーム→排泄輸送 |
| ADA欠損症 | プリン代謝+免疫代謝 |
| 低ホスファターゼ症 | リン酸代謝・骨石灰化 |
まとめ
代謝のどのラインが壊れているか――たったそれだけで世界が整理される
先天性代謝異常症は、個々の病名を暗記すると複雑だが、
「代謝のどの場所に詰まりがあるか」
に着目すれば、すべて論理的に並び替えられる。
・アミノ酸の入口が詰まると毒性物質が脳へ
・有機酸の中間駅が詰まるとアシドーシス
・アンモニアの出口が詰まると脳浮腫
・ライソゾームが止まると細胞がゴミだらけ
・核酸代謝が止まると免疫不全
・骨代謝が止まると石灰化できない
こうした理解は、病態の把握だけでなく、
治療薬の選択、急変リスクの予測、家族説明、国家試験対策
あらゆる場面で役立つ。
先天性代謝異常症は“代謝マップのどこが壊れているか”で必ず説明できる。
この視点さえ押さえれば、専門外の薬剤師でも、
疾患名の羅列ではなく構造で理解することが可能になる。




