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乳癌耐性蛋白BCRPとは?―なぜ乳癌と関係ない薬の相互作用に出てくるのか
公開. 更新. 投稿者: 27 ビュー. カテゴリ:相互作用/薬物動態.この記事は約9分56秒で読めます.
目次
- 1 乳癌耐性蛋白BCRPとは?
- 2 BCRPとは?
- 3 なぜ「乳癌耐性蛋白」という名前なのか?
- 4 BCRPが多いと、なぜ抗癌剤が効きにくくなる?
- 5 BCRPは乳癌だけに存在するわけではない
- 6 小腸のBCRPは「薬を体内に入れない」
- 7 BCRPの「基質」とは?
- 8 BCRPを阻害するとどうなる?
- 9 「BCRP阻害薬」という治療薬があるのか?
- 10 だったらBCRPを阻害すれば抗癌剤が効くのでは?
- 11 BCRPは現在の乳癌治療のバイオマーカーなのか?
- 12 BCRPは乳癌より「薬物相互作用」でよく見る
- 13 BCRPとP-gpは似ている
- 14 BCRPには遺伝子多型もある
- 15 CYPとBCRPは何が違う?
- 16 「乳癌耐性蛋白」という名前に惑わされない
乳癌耐性蛋白BCRPとは?

医薬品の添付文書やインタビューフォームを読んでいると、
「BCRPの基質である」
「BCRPを阻害する」
といった記載を目にすることがある。
BCRPとは、
Breast Cancer Resistance Protein
の略で、日本語では「乳癌耐性蛋白」などと訳される。
名前だけを見ると、
「乳癌に関係するタンパク質?」
「HER2のような乳癌治療の標的?」
「BCRP阻害薬は乳癌治療薬?」
と思ってしまう。
しかし現在、薬剤師がBCRPについて知っておくべき場面の多くは、乳癌そのものよりも薬物動態と薬物相互作用である。
なぜ「乳癌耐性蛋白」が薬物相互作用に関係するのだろうか。
BCRPとは?
BCRPは正式には、
ABCG2(ATP-binding cassette sub-family G member 2)
と呼ばれるタンパク質である。
ABCトランスポーターという大きなグループに属する。
トランスポーターとは、簡単にいえば、
「物質を細胞膜の向こう側へ運ぶ装置」
である。
BCRPの場合には、ATPのエネルギーを利用して様々な物質を細胞外へ排出する。
つまり、
薬が細胞内に入る
↓
BCRPが薬を認識
↓
ATPのエネルギーを利用
↓
薬を細胞外へ排出
という「排出ポンプ」のような働きをする。
BCRPはABCトランスポーターの一つであり、薬物の吸収、分布、排泄や薬物相互作用に関係する重要なトランスポーターとして認識されている。
なぜ「乳癌耐性蛋白」という名前なのか?
ここがBCRPで最も面白いところである。
BCRPは1998年、多剤耐性を示すヒト乳癌細胞株「MCF-7/AdrVp」から同定された。
この乳癌細胞では、それまで抗癌剤耐性の原因として知られていたP-gp(P糖蛋白)やMRP1では説明できない薬剤排出が認められていた。
そこで調べたところ、新しいABCトランスポーターが高発現していることが判明した。
そのタンパク質が抗癌剤を細胞外へ排出することで薬剤耐性を生じさせていたため、
Breast Cancer Resistance Protein
=乳癌耐性蛋白
=BCRP
と名付けられたのである。
つまり、
乳癌を発生させるタンパク質だからBCRP
ではない。
また、
乳癌に特異的に存在するタンパク質だからBCRP
でもない。
正確には、
「抗癌剤耐性を獲得した乳癌細胞を研究していて発見されたからBCRP」
なのである。
BCRPが多いと、なぜ抗癌剤が効きにくくなる?
癌細胞にBCRPが多く発現している状況を考えてみる。
抗癌剤を投与
↓
抗癌剤が癌細胞内へ入る
↓
BCRPが抗癌剤を認識
↓
抗癌剤を細胞外へ排出
↓
癌細胞内の抗癌剤濃度が低下
↓
抗癌剤の効果が低下
ということが起こり得る。
つまり癌細胞からすると、BCRPは、
「入ってきた抗癌剤を外へ追い出すポンプ」
として働く。
BCRPはミトキサントロン、トポテカン、メトトレキサートなど様々な抗癌剤を輸送することが知られており、癌細胞における多剤耐性(multidrug resistance:MDR)の一因となり得る。
BCRPは乳癌だけに存在するわけではない
その後の研究によって、BCRPは乳癌細胞だけの特殊なタンパク質ではないことが分かった。
正常組織にも存在しており、例えば、
- 小腸
- 肝臓
- 血液脳関門
- 胎盤
- 幹細胞
などに発現している。
つまりBCRPは本来、
「乳癌を抗癌剤から守るためのタンパク質」
ではない。
生体が薬物や異物などを排出し、組織への侵入を制限するために利用している生理的な防御機構の一つなのである。
癌細胞がこの仕組みを利用すると、結果として抗癌剤耐性につながることがある。
小腸のBCRPは「薬を体内に入れない」
薬剤師にとって特に重要なのが、小腸に存在するBCRPである。
内服薬を飲むと、
薬
↓
消化管
↓
小腸上皮細胞
↓
血液
という流れで吸収される。
ところが小腸上皮にはBCRPが存在する。
薬が小腸上皮細胞へ入る
↓
BCRPが認識
↓
腸管腔側へ排出
↓
体内への吸収が制限される
ということが起こる。
つまり小腸BCRPは、
「入ってきた薬を腸管側へ押し戻すポンプ」
として働くことがある。
そのため、BCRPの働きが変化すると薬物の血中濃度も変化する可能性がある。
BCRPの「基質」とは?
添付文書などに、
「本剤はBCRPの基質である」
と書かれていることがある。
基質とは簡単にいえば、
「そのトランスポーターによって運ばれる物質」
という意味である。
例えば薬AがBCRP基質なら、
薬A
↓
BCRP
↓
排出
という関係になる。
代表的なBCRP基質としてよく知られているものの一つがロスバスタチンである。
ほかにも様々な医薬品がBCRPによって輸送される。
したがって「BCRP基質」という言葉を見たら、
「BCRPという排出ポンプで運ばれる薬なんだな」
と考えると分かりやすい。
BCRPを阻害するとどうなる?
では、別の薬によってBCRPの働きが阻害されたらどうなるだろうか。
通常は、
BCRP基質薬
↓
BCRPが排出
↓
吸収・分布・排泄が調節される
ところを、
BCRP阻害
↓
基質薬を排出しにくくなる
↓
基質薬の曝露量が増加する可能性
ということが起こる。
これが、
BCRPを介した薬物相互作用
である。
FDAもBCRPを臨床的な薬物動態・薬物相互作用を考えるうえで重要なトランスポーターとして扱っている。
「BCRP阻害薬」という治療薬があるのか?
ここは言葉に注意したい。
BCRPを阻害する薬物は存在する。
しかし通常、
「BCRP阻害薬」という薬効分類の治療薬
が存在するわけではない。
例えば、ある疾患の治療に使用されている薬が、同時にBCRPを阻害する性質を持っていることがある。
つまり、
× BCRPを阻害して病気を治療するための薬
ではなく、
○ 本来の薬理作用とは別にBCRP阻害作用を持っている薬
という場合が多い。
薬物相互作用を考える場合には、この「副次的なBCRP阻害作用」が重要になる。
だったらBCRPを阻害すれば抗癌剤が効くのでは?
ここで当然、一つの疑問が生じる。
癌細胞が、
BCRP
↓
抗癌剤を排出
↓
抗癌剤耐性
となるのであれば、
BCRPを阻害
↓
抗癌剤を排出できない
↓
癌細胞内の抗癌剤濃度上昇
↓
抗癌剤が効く
とできそうである。
実際、BCRPを阻害することで癌の多剤耐性を克服しようという考え方は研究されてきた。
しかし問題は、BCRPが癌細胞だけに存在するわけではないことである。
小腸や肝臓、血液脳関門などにも存在しているため、BCRPを阻害すると抗癌剤だけでなく様々な薬物の体内動態を変化させる可能性がある。
さらに癌の薬剤耐性には、
- BCRP
- P-gp
- MRPなど他のトランスポーター
- 薬物標的の変化
- DNA修復機構
- アポトーシス回避
- 癌細胞内のシグナル変化
など様々な機序が関係する。
そのため、
「BCRPを止めれば抗癌剤耐性を解決できる」
というほど単純ではない。
BCRPは現在の乳癌治療のバイオマーカーなのか?
乳癌という名前が付いているため、HER2などと混同しやすい。
しかし両者の位置付けは大きく異なる。
例えば乳癌では、
ER
→ ホルモン受容体陽性か
HER2
→ HER2陽性か
BRCA1/2
→ 遺伝子変異があるか
などが治療選択に関係する。
一方BCRPは、
「BCRP陽性だからこの乳癌治療薬を使用する」
という形で日常診療における代表的な治療選択マーカーになっているわけではない。
BCRPは乳癌を含む癌の薬剤耐性機構として重要な研究対象ではあるものの、
HER2のような乳癌治療標的とは位置付けが違う
と考えておいたほうがよい。
BCRPは乳癌より「薬物相互作用」でよく見る
薬剤師にとってはここが重要である。
BCRPという名前を最初に見れば、
「乳癌のタンパク質」
と思う。
しかし現在の薬物療法では、
BCRP基質
BCRP阻害
BCRPを介した薬物相互作用
という形で目にする機会が多い。
これはBCRPが乳癌だけではなく、正常組織に存在する重要な薬物トランスポーターだからである。
つまりBCRPには、
癌細胞での役割
→ 抗癌剤を排出して薬剤耐性に関与
正常組織での役割
→ 薬物や異物の吸収・分布・排泄を調節
という2つの側面がある。
同じ「薬を外へ出す」という働きが、
癌細胞では「抗癌剤耐性」
正常組織では「薬物動態」
として現れているのである。
BCRPとP-gpは似ている
ここまで読むと、
「これってP-gpと似ているのでは?」
と思うかもしれない。
その通りである。
P-gp(P糖蛋白、ABCB1)もABCトランスポーターに属する代表的な薬物排出トランスポーターである。
大まかには、
| BCRP | P-gp | |
|---|---|---|
| 遺伝子 | ABCG2 | ABCB1 |
| 種類 | ABCトランスポーター | ABCトランスポーター |
| 主な働き | 薬物などを細胞外へ排出 | 薬物などを細胞外へ排出 |
| 小腸 | 発現 | 発現 |
| 肝臓 | 発現 | 発現 |
| 血液脳関門 | 発現 | 発現 |
| 癌の薬剤耐性 | 関与 | 関与 |
| 薬物相互作用 | 関与 | 関与 |
そのため、添付文書で、
「P-gp及びBCRPの基質」
という記載が出てくることもある。
両者は輸送する薬物や発現部位などが完全に同じではないものの、
「薬を外へ排出するトランスポーター」
という大きなイメージは共通している。
BCRPには遺伝子多型もある
さらにBCRPを理解するうえで興味深いのが遺伝子多型である。
BCRPをコードしているのは、
ABCG2
という遺伝子である。
ABCG2には遺伝子多型があり、その違いによってBCRPの発現量や機能が変化することがある。
代表的なものとしてABCG2 421C>A(Q141K)が知られている。
BCRPの機能が低下すると、
BCRP基質薬
↓
排出されにくい
↓
薬物曝露量が増加
ということが起こり得る。
ロスバスタチンなどでは、ABCG2遺伝子多型と薬物動態との関連が報告されている。
つまり薬物濃度の個人差は、
「肝機能」
「腎機能」
「CYP」
だけではなく、
「トランスポーターの遺伝的な違い」
によっても生じ得るのである。
CYPとBCRPは何が違う?
薬物相互作用というとCYPを思い浮かべる薬剤師は多い。
CYPとBCRPの違いを非常に単純化すると、
CYP
→ 薬を化学的に変化させる
→ 「代謝する装置」
BCRP
→ 薬そのものを膜の向こう側へ移動させる
→ 「運ぶ装置」
と考えると分かりやすい。
例えば、
CYP阻害
→ 薬が代謝されにくくなる
→ 血中濃度上昇
に対して、
BCRP阻害
→ 薬が輸送・排出されにくくなる
→ 吸収や排泄などが変化
→ 血中濃度上昇
という違いがある。
ただし実際の薬物動態では、CYP、BCRP、P-gp、OATPなど複数の仕組みが同時に関与することも多い。
そのため薬物相互作用を、
「CYPだけ見ればよい」
と考えることはできない。
「乳癌耐性蛋白」という名前に惑わされない
BCRPを一言で表すなら、
「乳癌細胞から発見された、薬物を細胞外へ排出するトランスポーター」
である。
「Breast Cancer Resistance Protein」という名前は、その発見の歴史に由来する。
現在分かっているBCRPの役割を整理すると、
乳癌細胞から発見
↓
抗癌剤を排出することが判明
↓
癌の多剤耐性に関与
↓
乳癌以外の癌にも存在
↓
さらに正常な小腸・肝臓・血液脳関門・胎盤などにも存在
↓
薬物の吸収・分布・排泄にも関与
↓
現在では薬物相互作用を考えるうえでも重要なトランスポーター
という流れになる。
したがって、
BCRP=乳癌のタンパク質
と覚えるより、
BCRP=薬を細胞外へ排出するポンプ
と覚えたほうが、添付文書を読むうえでは役に立つ。
「乳癌耐性蛋白」という名前なのに、乳癌とは関係なさそうな薬の添付文書にもBCRPが登場する。
その理由は、
BCRPが乳癌専用のタンパク質ではなく、全身で薬物を運ぶ重要なトランスポーターだから
なのである。



