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動脈硬化はあるけど、静脈硬化は無い?
公開. 更新. 投稿者: 254 ビュー. カテゴリ:脳梗塞/血栓.この記事は約7分45秒で読めます.
目次
動脈硬化はあるけど、静脈硬化は無い?

「動脈硬化」という言葉はよく聞く。
高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙などによって動脈硬化が進み、心筋梗塞や脳梗塞の原因になる。
しかし、考えてみると不思議だ。
「動脈硬化はあるけど、静脈硬化は無いの?」
動脈も静脈も血液が流れている血管である。
LDLコレステロールが高ければ、静脈にもコレステロールがたまって「静脈硬化」が起こりそうな気もする。
実際にはどうなのだろうか。
「静脈硬化」という病態は存在する
最初に結論を言うと、
「静脈硬化」という言葉・病態自体は存在する。
英語ではphlebosclerosisなどと呼ばれる。
しかし、一般に「動脈硬化」と呼んで問題になるアテローム性動脈硬化と同じ病変が、全身の静脈に普通に発生するわけではない。
つまり、
動脈 → アテローム性動脈硬化が非常に重要
静脈 → 通常は同じようなアテローム性硬化を起こさない
という違いがある。
では、なぜだろうか。
動脈と静脈では置かれている環境が違う
大きな違いの一つが圧力である。
血液は、
左心室→大動脈→動脈→細動脈→毛細血管→静脈→右心房
という順番で流れる。
心臓から勢いよく送り出された血液を受け止める動脈には、高い圧力と拍動が繰り返しかかる。
一方、毛細血管を通過した後の静脈では血圧はかなり低くなっている。
つまり動脈と静脈は、同じ血液が流れていても血管壁がさらされている物理的環境がまったく違う。
高血圧はなぜ静脈をあまり傷めない?
例えば血圧が160/100mmHgの患者がいたとする。
「血圧が160mmHgなら、静脈にも160mmHgの圧力がかかっているのでは?」
と思うかもしれないが、そうではない。
私たちが通常「血圧」と呼んでいるのは動脈血圧である。
血液が細動脈から毛細血管へ進む過程で圧力は大きく低下する。
そのため高血圧による血管壁への機械的ストレスは、主として動脈側の問題になる。
高血圧が長期間続けば、
高い圧力
↓
血管内皮への負担
↓
血管壁の変化
↓
動脈硬化の進展
につながる。
一方、静脈はもともと低圧系なので、通常の「高血圧」がそのまま静脈壁にかかるわけではない。
静脈には「静脈性高血圧」がある
ただし、
「静脈は圧力の影響を受けない」
という意味ではない。
静脈には静脈の高血圧がある。
それが静脈性高血圧(venous hypertension)である。
例えば下肢静脈の弁がうまく働かなくなると、重力によって血液が逆流し、下肢に血液がたまる。
すると静脈圧が上昇して、
- 静脈の拡張
- 下肢静脈瘤
- 浮腫
- 皮膚の色素沈着
- うっ滞性皮膚炎
- 静脈性潰瘍
などにつながる。
慢性静脈疾患では、静脈性高血圧、静脈逆流、静脈弁機能不全、静脈壁の炎症などが相互に関係して病態が進行すると考えられている。
つまり、
動脈:高い圧力 → 血管壁障害・動脈硬化
に対して、
静脈:うっ滞・逆流 → 静脈性高血圧 → 静脈拡張・炎症
という違いがある。
静脈にもちゃんと「圧力による病気」はあるのである。
LDLコレステロールはなぜ静脈にたまらない?
では脂質異常症はどうだろう。
アテローム性動脈硬化では、LDLコレステロールが重要である。
単純化すると、
LDLが血管内膜に入り込む
↓
変性したLDLをマクロファージが取り込む
↓
泡沫細胞ができる
↓
脂質が蓄積する
↓
アテローム・プラーク形成
という経過をたどる。
LDLは動脈だけを流れているわけではない。
当然、静脈の血液中にも存在する。
それなのに、静脈には通常、動脈のようなアテロームが形成されない。
これは非常に面白い。
「コレステロールが多い=血管に勝手に付着する」ではない
ここで重要なのは、動脈硬化を
「血液中のコレステロールが多くなって、血管の内側に油汚れのように付着する病気」
と考えないことである。
LDLは単純に血管の内側にベタベタ付着しているわけではない。
血管内皮の状態、血管壁への物質の移動、炎症、血流による力、血管壁の構造など、様々な条件がそろってアテロームが形成される。
動脈では高い内圧や拍動、血流によるずり応力(shear stress)などにさらされる。
特に血流が乱れやすい分岐部や湾曲部などはアテローム性動脈硬化が生じやすい。
一方、静脈は低圧であり、血管壁の構造や置かれている血行動態も動脈とは異なる。
そのため、同じLDLを含む血液が流れていても、通常の静脈には動脈と同じようなアテローム性硬化が起こりにくい。
静脈を動脈につなぐと「動脈硬化」する?
この違いを理解するうえで非常に興味深いのが、**冠動脈バイパス術(CABG)**である。
冠動脈が狭窄して血液が流れにくくなった場合、別の血管を使って迂回路を作ることがある。
その材料として使われることがあるのが大伏在静脈である。
本来は脚を流れていた静脈を取り出して、冠動脈のバイパスとして使用する。
すると、その静脈は突然、
低圧の静脈環境
から、
高圧・拍動性の動脈環境
へ移されることになる。
どうなるのか。
静脈グラフトでは、内皮障害、炎症、内膜過形成などが起こり、長期的にはアテローム性動脈硬化が進行することがある。
静脈グラフトの動脈硬化は、本来の冠動脈に起こる動脈硬化とは進展速度や病理学的特徴にも違いがあり、比較的速く進行することが知られている。
これは非常に重要な事実である。
つまり、
「静脈という血管だから絶対に動脈硬化しない」
わけではない。
静脈を動脈循環という環境に置くと、動脈硬化に似た変化を起こすことがあるのである。
静脈は「硬くなる」より「詰まる・広がる・逆流する」
では通常の静脈では何が問題になるのだろう。
代表的なのが、
静脈瘤
深部静脈血栓症(DVT)
血栓性静脈炎
慢性静脈不全
などである。
動脈と静脈の違いをかなり大ざっぱに整理すると、
| 動脈 | 静脈 | |
|---|---|---|
| 血圧 | 高い | 低い |
| 血管壁 | 厚い | 薄い |
| 血流 | 比較的速い | 比較的遅い |
| 弁 | 基本的にない | 特に四肢にある |
| 代表的問題 | 動脈硬化・狭窄・閉塞 | うっ滞・逆流・拡張・血栓 |
| 代表疾患 | 冠動脈疾患、脳梗塞、末梢動脈疾患 | 静脈瘤、DVT、慢性静脈不全 |
つまり、
動脈は「硬くなる・狭くなる」が問題になりやすく、静脈は「たまる・広がる・詰まる」が問題になりやすい
とイメージすると分かりやすい。
高血圧や脂質異常症は静脈には関係ない?
ここは少し注意が必要である。
「動脈硬化を起こさないのだから、高血圧や脂質異常症は静脈にはまったく関係ない」
とまでは言えない。
近年の研究では、慢性静脈疾患の患者では、高血圧、糖尿病、肥満、脂質異常症などの心血管リスク因子が多くみられることが報告されている。
慢性静脈疾患と動脈系の心血管疾患との間には、炎症や内皮機能障害など共通する要素も指摘されている。
ただし、これらは関連を示した観察研究が中心であり、
「LDLが高いから静脈にアテロームができる」
という話とは分けて考える必要がある。
静脈疾患では、肥満、加齢、長時間の立位・座位、運動不足、妊娠、静脈弁不全など、静脈のうっ滞や静脈圧に影響する因子も重要である。
動脈血栓と静脈血栓の違いにもつながる
この「動脈と静脈の環境の違い」は、抗血栓薬の使い分けを理解するうえでも重要である。
動脈では血流が速く、動脈硬化によってプラークが破綻すると血小板が活性化される。
そのため動脈血栓では血小板が重要になる。
そこで、
心筋梗塞・非心原性脳梗塞など
→ 抗血小板薬
という治療につながる。
一方、静脈では血流が遅く、血液がうっ滞すると凝固系が活性化してフィブリンを多く含む血栓が形成されやすい。
そのため、
深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症など
→ 抗凝固薬
という治療につながる。
もちろん実際の血栓は「血小板だけ」「フィブリンだけ」でできているわけではないが、どちらの機序がより重要かが異なる。
動脈と静脈では「弱点」が違う
「動脈硬化はあるけど、静脈硬化は無い?」
この疑問への答えは、
静脈硬化という病態自体は存在するが、通常の静脈では動脈のようなアテローム性動脈硬化はほとんど起こらない
となる。
その理由を単に、
「動脈は高圧だから」
だけで終わらせるのではなく、
血圧、拍動、血流、ずり応力、血管壁の構造、内皮細胞の性質など、動脈と静脈が置かれている環境そのものが違う
と考えたほうがよい。
そして興味深いことに、本来静脈だった血管を冠動脈バイパスとして動脈循環に移すと、静脈グラフトにも内膜過形成やアテローム性動脈硬化が起こり得る。
血管は単なる「血液の通り道」ではない。
同じ血液が流れていても、動脈と静脈では置かれている環境が違うため、起こりやすい病気も違う。
動脈では「硬化・狭窄」が大きな問題になり、静脈では「うっ滞・逆流・拡張・血栓」が大きな問題になる。
この違いを理解すると、
なぜ高血圧や脂質異常症で動脈硬化になるのか。
なぜ静脈瘤が起こるのか。
なぜ動脈血栓には抗血小板薬、静脈血栓には抗凝固薬を使うことが多いのか。
という、一見別々に見える話がつながってくる。



