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ヒドロクロロチアジドで皮膚がんになる?
公開. 更新. 投稿者:高血圧.この記事は約4分1秒で読めます.
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ヒドロクロロチアジドと皮膚がんの関係は?

高血圧治療の中で長年使われてきたチアジド系利尿薬。中でもヒドロクロロチアジド(HCTZ)は、ACE阻害薬やARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)と併用されることも多く、薬局でもおなじみの成分です。
ところが近年、海外の疫学研究で、ヒドロクロロチアジドの長期使用と皮膚がんの一種(基底細胞がん・有棘細胞がん)との関連が指摘されるようになりました。
これは非常にデリケートなテーマです。
「薬でがんになるのか?」という疑問は、患者にとっても医療者にとっても大きな不安につながります。
添付文書に追加された記載内容
たとえば「エカード配合錠」(テルミサルタン・ヒドロクロロチアジド配合)などの添付文書には、近年以下のような文言が追記されました:
「海外で実施された疫学研究において、ヒドロクロロチアジドを投与された患者で、基底細胞がんおよび有棘細胞がんのリスクが増加することが報告されている。」
これは、発症との因果関係が確定されたという意味ではありません。
あくまで、「統計的にリスクの上昇が観察された」ことを示しているに過ぎません。
しかし、添付文書に明記されている以上、医療従事者としては適切な知識と対応が求められます。
ちなみに同じチアジド系利尿剤のトリクロルメチアジド(フルイトラン)の添付文書にはこのような記載はありません。
皮膚がんの種類と特徴
まずは、ここで言及されている基底細胞がんと有棘細胞がんがどのような疾患なのかを簡単に整理しましょう。
基底細胞がん(Basal Cell Carcinoma)
・最も頻度の高い皮膚がん
・主に顔面や頭皮などの露光部に発生
・緩徐に進行し転移はまれ
・早期治療で予後は良好
有棘細胞がん(Squamous Cell Carcinoma)
・皮膚がん全体の2番目に多い
・紫外線や慢性的な炎症・外傷がリスク
・転移リスクがあり、進行例では治療困難なことも
両者とも、紫外線(UV)暴露が大きなリスク因子とされており、
この点が、ヒドロクロロチアジドとの関連で注目されています。
チアジド系利尿薬と光線過敏症の関係
実は、ヒドロクロロチアジドには光毒性・光過敏性の報告が過去から存在します。
特に高用量を長期にわたり服用していた時代には、
・露光部に限局した発赤・水疱・色素沈着
・重度の場合には光線性白斑黒皮症に進行
などの光線過敏型薬疹が問題となったこともありました。
現在では用量が抑えられており、ARBとの合剤に含まれるヒドロクロロチアジドは12.5mg以下と少量であることが多いですが、それでも長期的な累積曝露が問題視されているのです。
疫学研究では何が報告されたのか?
デンマークを中心としたヨーロッパの疫学研究で、
ヒドロクロロチアジド使用歴と皮膚がんの発症率の関係が調査されました。
主な報告内容
・ヒドロクロロチアジドの長期使用者は、非使用者と比較して有棘細胞がんのリスクが約4倍に上昇
・基底細胞がんについても、累積投与量とリスクの間に相関関係が認められた
・光感受性の強い薬剤である点が、紫外線と相互作用して皮膚がん発症に寄与した可能性がある
なお、悪性黒色腫(メラノーマ)との関連は明確ではないとされています。
実際のリスクは高いのか?
ここで注意したいのは、「リスク増加=すぐにがんになる」ではないということです。
・ベースラインの発症率が非常に低い場合、4倍になっても依然として“稀”な現象
・光線過敏がすぐにがんを引き起こすわけではなく、長年にわたる慢性的な刺激と遺伝的要素の積み重ねが重要
また、日本では皮膚がん全体の発症率が欧米よりも低いため、影響は限定的かもしれないという指摘もあります。
近年、チアジド系単独製剤はあまり処方されなくなり、ARB合剤としての“ごく少量使用”が主流になっています。
そのため、
・若手医師や患者には光線過敏という副作用が十分に知られていない
・夏場に「ひどい日焼け」程度に受け止められて見逃される
といった懸念もあります。
発見が遅れると、色素沈着や白斑などの後遺症が残るケースもあり、軽視は禁物です。
薬剤師としての対応ポイント
では、薬局や服薬指導の場面で薬剤師ができることは何でしょうか?
日光曝露への注意喚起:
・屋外活動が多い人には「日焼け止め」や「帽子」「長袖」の使用をすすめる
・日焼けによる異常な反応が出た場合は、早めに受診するよう促す
長期処方・高齢者には積極的に説明:
・ARBとの合剤だからといって安心せず、「少量でも光線過敏の可能性がある」ことを伝える
・紫外線に対する感受性は年齢とともに上がるため、高齢者こそ注意が必要
患者からの相談対応:
「最近肌が荒れやすくなった」「変なシミが出てきた」などの訴えがあれば、
・日光曝露の有無
・新規内服薬の開始
・スキンケアや生活習慣の変化
などを聞き取り、医師への受診を勧める判断材料としましょう。
ヒドロクロロチアジドは有用な薬、それでも注意は必要
・ヒドロクロロチアジドに光線過敏性があるのは事実
・基底細胞がん・有棘細胞がんとの関連が疫学的に指摘されている
・ARB合剤など少量投与でも、長期的にはリスク因子になる可能性
・過剰な不安ではなく、適切な対策(遮光・観察)が重要
薬には常にメリットとデメリットがあります。
ヒドロクロロチアジドは、高血圧治療における重要な薬のひとつです。
だからこそ、リスクを正しく知り、「怖いからやめる」ではなく「正しく使う」という選択肢を、私たち薬剤師が支えることが大切です。