2025年6月7日更新.2,491記事.

調剤薬局で働く薬剤師のブログ。薬や医療の情報をわかりやすく伝えたいなと。あと、自分の勉強のため。日々の気になったニュース、勉強した内容の備忘録。

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空打ちはもったいない?

空打ちはもったいない?

「毎回の空打ち、正直もったいない気がする…」
「針の先から薬が出ていれば、それでよくない?」

そんなふうに感じたことはありませんか?

自己注射をしている患者さんの中には、空打ちを省略してしまう人が一定数存在することが知られています。しかし、その判断が、インスリン注射の効果を左右する可能性があるとしたら——?

空打ちは“試し打ち”という保険

インスリンの自己注射では、使用のたびに毎回「空打ち(エアショット)」を行うよう指導されています。これは単なる儀式ではなく、注射の成功を確実にするための重要なチェックポイントです。

空打ちの目的とは?
・注射針に詰まりがないか確認する
・薬液が針先からきちんと出ることを確認する
・カートリッジ内にたまった空気(気泡)を抜く
・注射器やカートリッジの破損・不具合を早期発見する

空打ちは、言い換えれば「注射のリハーサル」です。何も確認せずに本番を迎えることが、どれだけリスキーか…ということがわかりますね。

空打ちを「もったいない」と感じる人たち

現場では、「空打ちはやっていません」という患者さんに遭遇することがあります。理由を聞いてみると、こんな声が聞かれます。

「1単位も無駄にしたくない」
「出てるからいいと思ってた」
「説明されていないからやったことがない」
「針も交換してないし、空打ちもしないのが普通になっている」

ある調査では、10〜30%の患者さんが空打ちを省略している可能性があるという推測もあります。

特にインスリン製剤の自己負担が重く感じられる場合、1単位でも無駄にしたくないという心理が働くのは当然です。しかし、その結果として注射の失敗やインスリン不足が起きてしまうことの方が、実は大きな「もったいない」かもしれません。

空打ちをしないことで起こる問題

● インスリンが正確に打てない
インスリンカートリッジや注射器に空気が混入していると、設定した単位よりも少ない量しか体に入らないという事態が起こります。これは、空気が押し出す圧力を吸収してしまうためです。

特に、直径5mm以上の大きな気泡(小豆大相当)がある場合、影響が大きくなります。

気泡が残っていても大丈夫?

では、空打ちしても完全に気泡が消えないことはよくありますが、それは問題なのでしょうか?

答えは「ほとんどの場合は問題ない」です。

通常の空打ちで抜けないような微小な気泡(直径5mm未満)であれば、注入量への影響は非常に小さく、誤差は許容範囲とされています。

むしろ、そうした気泡を無理に取り除こうと振ったり衝撃を加えたりすると、製剤に悪影響を及ぼす可能性もあります。

気泡が多くなる原因とは?

繰り返しになりますが、注射前にカートリッジ内に小豆大以上の空気が見える場合は要注意です。その原因として考えられるのは以下の通りです。

① 空打ちをしていない:使用前の確認不足
② 高温・凍結など温度変化:気泡が発生しやすくなる
③ カートリッジのゴム栓やピストンの異常:外気が入りやすくなる
④ ガラスカートリッジの破損:見えない亀裂などが空気の混入経路に
⑤ 注射針を付けたまま保管:密閉性が損なわれ空気が入り込む

このうち②〜⑤のように製剤や器具そのものに異常がある場合は、新品への交換が必要です。

空気を注射すると「死ぬ」って本当?

患者さんの中には、「空気を注射したら死ぬんじゃないか」と強く心配する人もいます。これは「空気塞栓(くうきそくせん)」と呼ばれる状態のことで、血管内に10mL以上の空気が直接入り込んだ場合に起きる重大な事故です。

しかし、インスリン自己注射は皮下注射です。たとえ0.1mL程度の空気が混入しても、生命に危険はありません。

つまり、空気が混ざること自体が命に関わるというよりは、「注射量の誤差」を防ぐ意味で空打ちが重要なのです。

空打ちの手順と確認ポイント

正しい空打ちのやり方(一般的な方法)
・新しい針を装着する
・ペン型注入器を縦に持ち、針先を上にする
・1〜2単位にダイヤルを合わせる
・注入ボタンを押して、針先から薬液が出るのを確認

これで、空気をできるだけ抜きつつ、薬液が確実に出ることを確認できます。

それでも空打ちがもったいないと感じるあなたへ

あなたが「1単位でも節約したい」と思うのは、決して間違いではありません。インスリンは高価で、医療費の負担を日々感じている方も多いでしょう。

でも、1単位を惜しんで効果が不十分だったらどうでしょう?
その結果、血糖値が乱れて、追加の診療や治療が必要になったら…
空打ちの1単位よりも、はるかに大きな「もったいない」になってしまうかもしれません。

空打ちは“安心”を注射する時間

空打ちには、目に見えない「安心」を注射前に確認するという意味も込められています。

・今日もちゃんと薬が出る
・注射器が正常に動いている
・針がスムーズに通っている

こうした安心が積み重なってこそ、自己注射は継続可能な治療になります。

空打ちは、インスリン注射において「たかが1単位、されど1単位」。
節約ではなく、安全と確実性を得るための必要な操作です。

空打ちはもったいなくない。むしろ、やらない方がずっともったいない。

この一手間が、明日の安定した血糖値と健康な生活を支えてくれます。

空打ちは非常に重要な操作です。

4 件のコメント

  • 藤崎 のコメント
         

     はじめまして。1型糖尿病の子を持つ母です。yakuzaic先生のお話、大変興味深く、勉強させていただいております。質問があります。お答えいただけると大変助かります。
     うちの子はインスリン注射器の破損がよくあるといいます。中のゴム等が不具合を起こし注射液が注入されないと。そうなると液が残っていてもそれ以上は使用不可のため経済的負担が大きい。何故なら壊れたと言っても自己責任とされ取り替えてはもらえないと。これは事実でしょうか?実は先日、注射後食事をし帰宅途中で倒れてしまいその原因も破損のため注射液が注入されていなかったことが原因でした。何故交換不可が常識なのかまた、今後そうならないための対策があれば是非教えていただけると助かります。

  • yakuzaic のコメント
         

    コメントありがとうございます。

    破損の原因が何なのかが気になりますね。
    注射器側に問題があるのであれば、薬局としては引き取ってメーカーを呼んで、問題解決のために交換するのが普通だと思っています。その場合、メーカーが代替薬を持ってくるので、薬局が負担することもないですし。
    ただ、原因が、操作や保管状況など、患者側にある場合、繰り返し交換することは、メーカー側としても拒否する可能性は高いです。
    しかし、使えなくなったインスリン注射器については、交換可能か否かにかかわらず、メーカーに見てもらって、破損の原因を探ることが必要と思います。

  • 中田智子 のコメント
         

    ノボラピットの空うちのとき、中の小さいキャップは外して行うべきですか。はずさなくても中は透き通って見えるのでそのままでおこなっています。スタッフから指摘をうけてしまいました。おしえてください。

  • yakuzaic のコメント
         

    コメントありがとうございます。

    キャップを外さずに空打ちというのがよくわかりませんが。
    通常キャップは外して行うものだと思っています。

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yakuzaic
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職業:薬剤師
出身大学:ケツメイシと同じ
生息地:雪国
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