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ニトロソアミンで癌になる?加工食品のリスク
公開. 更新. 投稿者:副作用/薬害.この記事は約5分47秒で読めます.
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医薬品の自主回収が相次ぐ「ニトロソアミン」って本当に危ないの?

「医薬品に発がん性物質が含まれていたため、自主回収」
ここ数年、そんなニュースをたびたび目にします。バルサルタン、ラニチジン、メトホルミンなど、多くの人が長年服用している薬が対象となり、不安を覚えた方も多いのではないでしょうか。
発がん性物質と聞けば「危険だ」「怖い」と感じるのは当然の反応です。しかし、実際に検出されたニトロソアミン類(NDMAやNDEAなど)は、私たちが日常的に食べているウインナーやベーコン、お菓子にも微量ながら含まれている物質でもあります。
「じゃあ、なぜ医薬品だけこんなに厳しく扱われるの?」「この程度の量で回収って大げさでは?」と感じる方も少なくありません。
ニトロソアミンとは?発がん性のある「よくある物質」
ニトロソアミン類は、ニトロソ基(–NO)とアミン(–NH₂)からなる化合物群で、以下のような種類があります。
・NDMA(N-ニトロソジメチルアミン)
・NDEA(N-ニトロソジエチルアミン)
・NMBA(N-ニトロソ-N-メチル-4-アミノ酪酸)
これらはいずれもIARC(国際がん研究機関)によって、グループ2A(おそらくヒトに発がん性あり)に分類されています。つまり、動物実験では明らかに発がん性が確認されており、ヒトに対しても危険性が高いとされています。
なぜ医薬品に混入するのか? ― 製造過程で“できてしまう”不純物
ニトロソアミン類は、本来医薬品の有効成分ではありません。しかし、製造工程中に以下のような条件が重なると、副生成物としてわずかに混入する可能性があります。
・アミン類と亜硝酸塩の反応
・原薬合成時の不純物、溶媒、副反応
・長期保存による化学的変化
たとえば、バルサルタンという高血圧の薬では、製造中にNDMAが副次的に生成され、許容摂取量を超える製品が出荷されたことから大規模な自主回収が行われました。
どのくらい入っていたの? ― 実際に検出された量
自主回収に至った医薬品では、実際にどれくらいの量のニトロソアミン類が検出されたのでしょうか。
◆ バルサルタン(高血圧薬)
NDMA:最大5,120 ng/錠(320 mg錠)
FDA許容摂取量(96 ng/日)の約53倍
◆ ラニチジン(胃薬)
NDMA:最大3,000,000 ng/錠(3 mg)
許容摂取量の約31,000倍
◆ メトホルミン(糖尿病薬)
NDMA:25~455 ng/錠(ロットによる差あり)
一部ロットで基準超過
これらの数値だけ見ると、確かに驚くべき量が含まれているように感じられます。特にラニチジンでは、保存条件によってNDMAが劇的に増加することがわかり、販売中止にまで至りました。
でも実際の健康リスクは? ―「発がん性あり」と「発がんする」とは違う
ここで重要なのは、「発がん性がある=すぐにがんになる」ではないということです。
NDMAのリスク評価(FDA・EMA):
許容摂取量:96 ng/日
・これを70年間摂取し続けて、発がんリスクが10万人に1人上昇する程度
・回収対象製品の多くはそれをわずかに超えるか、同等程度
つまり、「直ちに健康被害が生じるレベルではない」が、「安全マージンを満たさない」からこその自主回収なのです。
ウインナーやベーコンのNDMA量は?
私たちが日常的に食べている加工食品にも、実はニトロソアミン類は含まれています。
食品のNDMA含有量の目安
ウインナー1本:約30~100 ng
ベーコン1枚:約50~120 ng
魚の干物:約20~90 ng
ビール1杯:約2~10 ng
燻製食品・焼き魚など:微量含有
つまり、朝食のウインナーとベーコンだけで、NDMAを100~200 ng摂取している可能性があるのです。
では、こうした食品を毎日食べている人と、NDMAがわずかに混入した薬を飲んでいる人。どちらが本当に危険なのでしょうか?
加工食品と医薬品の“安全基準”の違い
実はこの問題の本質は、ニトロソアミンの量そのものではなく、「どれだけ厳しい基準で管理されているか」にあります。
医薬品:
・1日摂取量までナノグラム単位で規制
・わずかでも許容値を超えれば自主回収
食品(加工肉など):
・NDMAに関して具体的な含有量規制なし
・食品添加物としての亜硝酸Naの使用は認可済み
つまり、医薬品は極端に厳しく、食品は比較的寛容なのです。
これにより、「薬に含まれるNDMAが怖い」と感じてしまう人も多いのですが、実際には食品のほうが“野放し”に近い状態とも言えるのです。
ではなぜ医薬品だけ厳しいのか?
その理由は、「医薬品は安全性が保証されるべきもの」だからです。
・少量でも毎日、長期的に服用することが前提
・高齢者や妊婦など、感受性の高い人が使う可能性
・“許されるはずのない”不純物は、ゼロリスクに近づけるべき
この考え方に基づき、NDMAのような発がん性物質はごく微量でも厳しく規制されているのです。
それでも薬をやめるべき? ― 薬の利益とリスクのバランスを考える
ニトロソアミンの混入を理由に、自己判断で薬をやめる人もいます。しかし、これは大きなリスクです。
例えば:
・高血圧治療薬(バルサルタン)を中止 → 脳卒中や心筋梗塞のリスクが急増
・糖尿病薬(メトホルミン)を自己判断で中止 → 血糖コントロール悪化、合併症の悪化
これらのリスクは、NDMAによる発がんリスクの「10万人に1人」などと比べて、はるかに現実的で深刻です。
・ニトロソアミン類は確かに発がん性があるが、問題は「量」と「期間」
・自主回収された医薬品のNDMA量は、一部で基準を超えていたが、直ちに健康被害を起こす量ではない
・加工食品(ウインナーやベーコン)の方がむしろ多くNDMAを含むこともある
・医薬品の品質管理は世界でも極めて厳格。“危険だから回収”ではなく、“安全マージンを満たしていないから回収”
・リスクばかりを見て薬をやめるよりも、薬のベネフィットとバランスをとる判断が大切
最後に:薬剤師の立場から伝えたいこと
「発がん性物質」と聞くと誰でも不安になります。ですが、不安をあおる情報ではなく、科学的な根拠と相対的な視点で冷静に判断することが求められています。
薬剤師としては、医薬品の品質や安全性が厳しく管理されていること、そしてそれでも万が一のリスクに備えて回収されていることを知ってほしいと思います。
本当に怖いのは「知らないこと」「誤った情報に振り回されること」。医薬品も食品も、知識と理解のもとに付き合っていくことが最も大切です。